船上で

 
「夕闇島に行くんですか?」

「ああ、珍しいことに不動高校の金田一くんが誘ってくれたからね」

「彼から?たしかに珍しいですね」


 そう言って笑みを浮かべながら荷物をまとめる五郎に健吾はふむ、と考える仕草をした。

 それを見た吾郎は首を傾げながら何か気になることでもあるのかと尋ねれば彼は一つ頷いて話した。


「表向きには知る人ぞ知る南国の観光地、ですがここ最近どうにも不思議な現象が起きているらしいんですよ」

「不思議な、現象?」

「詳しいことは知りませんが夕闇島で観光客が行方不明になる事件があったそうです」

「過去形ってことは解決済みなのかな」

「解決、かはわかりませんが、行方不明者は数日後に帰ってきてますからね」

「それで?まだ不思議な現象が何か聞いてないけど、まさかその行方不明がそれとは言わないよね?」


 ソファーに座って聞いてくる吾郎に健吾は片手を少しだけ前に出して落ち着くように言ってコーヒーを淹れ、吾郎に渡した。


「そう焦らない。なんでもその観光客は行方不明になっている間、不思議な光景を見たと言ってるんですよ」

「不思議な光景?もしかして異世界にでも迷い込んだとか?」

「それはそれで不思議なことですが、その観光客はこう言ったんです。「同じ夕闇島だけど、別の夕闇島だった」と」

「同じだけど別の夕闇島?……なぞなぞかな」


 吾郎の言葉に肩を竦めながら苦笑するところを見ると健吾も同じことを思っていたと思った。


「まぁ、ありそうな文言ですよね。ただその観光客ははっきりともう一つの夕闇島を見たと言っているんです」

「同じ名前の島があるとか?」

「いいえ、夕闇島の名を持つ島は一つだけですよ」

「それじゃあその観光客が見たのは幻覚とか?」

「さあ?しっかりとした捜査をしているわけではありませんのでそこまではわかりませんよ。ただ、夕闇島に行くというのであれば気をつけるように」

「時間があれば調べようか?」

「時間があればお願いしましょう」


 昨夜に交わした会話を思い出しながら目の前の(不気味なくらい穏やかな)景色を眺めていれば遠くの方でイルカが跳ねた。

 夕闇島は九州の南西の海に点在する大小様々な島の一つで、2日に一本のみ出ているフェリーが唯一の交通手段。
 ちなみに夕闇島へは片道約3時間の船旅となる。

 目的の島に着くまであと一時間以上はあるので吾郎は暇を潰すためにフェリー乗り場で手に入れた観光ガイドを見た。

 どうやら夕闇島は元々炭鉱の島だったらしい。


「(元炭鉱の観光地で起こる不思議な現象……あっちの認知世界が関わってたりしないよな?)」


 怪盗団のメンバーがいない状態で挑むことは何度かあったが今回は全く関係のない友人といるのでなるべくそうであってほしくない吾郎は顔をしかめた。


「なぁに険しい顔してんだよ?吾郎」

「ん?昨日健吾さんと話してたことを思い出してただけさ」


 いつの間にかトイレから戻ってきていた金田一が声を掛けてきたので吾郎はニコリと笑みを浮かべると、金田一越しにこっちに向かってくる二人に気付いた。


「あ、はじめちゃんったら戻ってきてたんなら声をかけてよ」

「全く、お前を待ってるこっちの身にもなってくれ」


 美雪と剣持刑事がそう言えば金田一はわるいわるい、と軽く謝ってからポケットから2つに折り畳んだ手紙を取り出した。
 それを見て吾郎は観光ガイドを仕舞って、金田一に目を向けた。


「それじゃあ僕達を旅行に誘ってくれた理由を教えてもらおうかな」

「ああ。……美雪、鳥羽美佐とばみさって子、覚えてるか?」

「鳥羽美佐……あぁ、美佐ちゃん?中学の時にクラスメイトだった」


 美雪の返事に頷いた金田一。
 彼らの話している鳥羽美佐という少女は中学の頃に二人と友人関係にあったらしいが卒業と同時に田舎に帰ると引っ越して以来音沙汰が無かったらしいが、先日、彼女から手紙が届いたと金田一は持っていた手紙を軽く振ってみせた。

 送られてきた手紙をそれぞれが読み、吾郎に渡ってきたので書かれている内容を読んでいく。

 長々と書かれているがどうやら夕闇島で恐ろしい事件が起きようとしているらしいから助けてほしいという鳥羽美佐から金田一への依頼の手紙だった。

 吾郎はそれを読み終え、手紙を金田一に返してから健吾と話した行方不明ともう一つの夕闇島のことを思い出した。


「なんだか…ただならぬ様子だな」

「文面からも分かるように随分と切羽詰まっているのが伝わってきますね。それに恐ろしい事件が“起きようとしている”という表現も気になるね」

「あぁ、ちょっと普通じゃないだろ?それで、吾郎にはその知恵を借りてぇし、オッサンにはいざって時の為に同行してもらいたくてな……」

「全く……俺も暇じゃないんだぞ?明智警視に小言を言われる身にもなってみろ」

「ウチの健吾さんがスミマセン」

「あ、いや……、とりあえず金田一!これは貸しだからな!」

「よく言うぜ、こっちはオッサンにどれだけの貸しがあると思ってんだ…」

「美佐ちゃん…大丈夫なのかな…。ちょっと心配ね…」

「だーいじょーぶだって!!俺と吾郎がどんな事件だろうとあっという間に解決してやるから!」

「よく言うよ、君がいるんだから僕の出番なんて無いだろうに。事件が解決したらみんなで楽しく旅行を楽しもうか」


 金田一は記憶の中にある鳥羽美佐の事を思い出しているのか少し、いやかなり鼻の下を伸ばしてはデヘヘとだらしなく笑っていた。



 これから向かう先で、恐るべき事件の幕が開こうとしていて、さらに足を踏み入れようとしているなんて、金田一とじゃれていた吾郎は思ってもいなかった。