「何たってこの私、ダ・ヴィンチちゃんは万能の天才美少女だからね! 今回発生した微細特異点の正体は『報われなかった恋人たちの思念の集合体』で、解決法は『マスターを含めた二人組がこの特異点で挙式すること』だと既にバッチリ解析されてるってワケさ! だから君には明日この特異点で藤丸くんと挙式して貰うけど……ベディヴィエール卿、何か質問ある?」
「あの、ダ・ヴィンチ殿。質問以前に異論がありまして……」
「ええっ!? このシンプル且つ的確な説明に異論が!?」
「私もマスターも、性別が男です」
「なぁんだ、そんなこと? 考えが古いなぁ、五世紀生まれの騎士でもあるまいし」
「私は正に五世紀生まれの騎士ですが……」
「君はそこから千年以上生きてるだろ。人理も倫理も日々研鑽されていくんだから、どんどんアップデートしていかないと世界から置いていかれるよ?」
「そう……なの、でしょうか。ではその、申し訳ございませんでした……」
上背のあるベディヴィエールが幼い容貌のダ・ヴィンチにやりこめられている光景はちょっと微笑ましいけれど、無理を言っているのはこちらなので少し可哀想だった。立香は苦笑して、そっと助け舟を出す。
「そんなに固く考えないでよベディ。何も本当に結婚するわけじゃなくて、単なる偽装結婚なんだから」
「偽装結婚だと致しましても、もっと気心が知れていて見た目にも均整の取れる……。例えばレディ・マシュと挙式なさればよろしいのではありませんか?」
当然の疑問である。百人に話せば九十九人は同じことを言うに違いない。なので立香は補足する。
「偽装結婚って言ってもやっぱり女の子と挙式するとなるとクレームがついちゃってさ。……清姫とか、静謐ちゃんとか、頼光さんとか……」
三人娘が火を噴かんばかりに姦しく騒ぎ立てる光景が、まるで見てきたかのように脳裏に浮かんだ。ぼやいていたベディヴィエールも流石に納得する。
「複数婚は特異点的にNGらしいんだ。でも同性の挙式ならセーフっぽくて……」
「マスター、遅ればせながら了解致しました。しかし、そうだとしても……何故、私なのでしょう?」
「どういうこと?」
「エルキドゥ殿やアストルフォ殿など、女性のように可愛らしい方はカルデアにはいくらでも……」
「ううん、ベディが一番可愛い」
これ以上の問答は無意味だとベディヴィエールは悟った。
ダ・ヴィンチの思考もマスターの思考も、自分の理解の範疇を超えている。
◆
空は快晴で、風は穏やか。小さな特異点の中心に建つ石造りの教会は素朴で愛らしく何の変哲もなく、垣根に絡みつく白い野いばらも今が盛りの素晴らしい満開。挙式するのが己とマスター(言うまでもないが共に男性)であることを除けば最高のシチュエーションだと言えた。
白いタキシードの胸に小さなブートニアを差した格好のベディヴィエールは、賑やかに談笑を交わしながら集まる人々をレースカーテンの引かれた小窓からそっと眺める。例え偽装結婚だと分かっていても、楽しむべき時にはここぞとばかりに楽しめる人々がカルデアには集結している。
「ご祝儀を弾まねばなりませんねと、どの王も口々に仰っていましたよ。最終的にはとんでもない高額になっているでしょう。王は全員が全員負けず嫌いで在らせられる」
「……トリスタン。何故止めてくれなかったのです?」
「一度ならず二度までも、私にアーサー王を諌めろと?」
そんなのはごめんですよ。気だるげに呟くと同時にトリスタンは竪琴の弓をひとつ鳴らしたが、彼はこの動作が癖になっているだけなので特に意味は無い。
「ガウェイン卿も愉しそうでしたよ。ベディヴィエール卿の婚姻を二度も祝えるだなんてめでたい限りだと」
「……これは偽装結婚だって皆理解しているのですよね?」
「どうでしょうね? 説明のメールは全員に行き届いている筈なので、もし理解していない者がいたとしてもそれは自己責任かと思いますが」
第三者でしかないトリスタンはそう切って捨てるが、当事者であるベディヴィエールはやや気が重い。しかし今は深く考えないことにする。ここまできたらとにかくやることをやって、後から誤解を解くしかない。
「それにしても――――ああ、私はとても悲しい。愛しい一人娘を新郎に差し出す時の父親とは、正にこういう心境なのではないでしょうか」
「これは偽装結婚だし私は男だし卿に育てられた覚えもありませんが?」
「私と出会った時には、卿には既に御子息もいらっしゃいましたしね。しかし本当にそれくらい複雑な心地ですよ。マスターと誓いの言葉を交わしているところに突如乱入して、横から卿を掻っ攫ってしまいたい程です」
「それがやりたいだけでしょう。絶対にやめて下さいね」
こんこんこんとノックの音が三度響き、二人は雑談を止める。「どうぞ」とベディヴィエールに促されて入ってきたのは藤丸立香だ。
「ベディ。それにトリスタン。どうかな、これ。変じゃない?」
ベディヴィエールと揃いの格好をした少年は(デザインが同じだけでタキシードのサイズにはかなりの差があるが)前髪を上げたり白い手袋を嵌めている分だけ、いつもより少し大人びて見えた。ベディヴィエールとトリスタンは互いに顔を見合わせて微笑む。
「とてもよくお似合いです。ね、トリスタン?」
「ええ。泉の側で咲いた春先の水仙のように、清々しく凛々しい晴れ姿です」
「そんな大したもんじゃないって、トリスタンは大袈裟だなぁ」
「マスターこそ御謙遜を。……さて、私はそろそろお暇致しましょう。挙式の時刻までベディヴィエール卿とごゆるりとお過ごし下さい、マスター」
眉目良い微笑みを浮かべると、トリスタンはベディヴィエールと互いの頬に親愛のキスを贈り合う。ドアの前で深礼し、そのまま立ち去るのかと思ったが――不意に、トリスタンは黄金色の瞳をぱちりと開いた。
「……マスター」
「な、何?」
あまり見慣れない双眸に、立香は少し動揺した。
「ベディヴィエール卿をどうかよろしくお願い致します。彼はしっかりして見えて、結構頑固且つ天然なところがありますので」
「トリスタン。早く出ていきなさい」
ベディヴィエールの冷ややかな言葉など諸共せず、トリスタンはドアの前に立ち続ける。立香の返答を待っているのだ。
「……俺、頑張るよ。お義父さん」
「マスター! 悪ノリはやめて下さいっ!!」
ベディヴィエールは怒ったが、トリスタンは親指を立てて満足気に部屋から出ていった。
◆
満席の礼拝堂の教壇の前に立っていたのは、神父の恰好をしたマーリンだった。推薦されたとは思い難いので、恐らく面白がって立候補したのだろう。怖いもの知らずにも程がある。
「ありがとうございます、マーリン。お陰で全く緊張がなくなりました」
「うん? それはどういう意味かな、ベディ?」
「挙式の神聖さが薄れたというか、一気に茶番感が増したというか、なんか胡散臭くなったというか」
「はははは、緊張が取れたついでに口が滑りやすくなってないかい? まあ、私としてもそのくらいの方が有難いけど。誓いの言葉の途中で噛んだら笑っておくれ」
全くもって神への冒涜だとしか思えなかったが、ベディヴィエールとの雑談を切り上げたマーリンが真面目な顔つきをして深く息を吸い込むと――まるで見えないヴェールでも引いたかのように、教会の空気がぴんと張り詰めた。
「――藤丸立香。汝は汝の隣に立つ者を、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も。愛し、敬い、慈しめると誓えるか?」
アーサー王の戴冠式を思い起こさせる、荘厳な声が場を支配した。立香が思わず唾を飲み込んだのが、隣に立つベディヴィエールには分かった。しかし空気に呑まれることなく、少年はマーリンの顔をしっかりと見返す。
「――誓います」
マーリンはちょっぴり微笑んで、今度はベディヴィエールへと目を向けた。
「ベディヴィエール、キミはどうだい。キミの隣に立つ者を、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も。愛し、敬い、慈しめると誓えるか?」
「はい。この魂の尽きるその瞬間まで」
「では、誓いのキスを」
さらりと口にされた言葉に、ベディヴィエールと立香は揃って硬直した。
「何を言っているんですか?」
「だって結婚式だもの」
「マーリン、それは唇に?」
「私には何とも。キミたちの好きにすればいいさ」
困惑のまま二人は顔を見合せた。来客席をちらりと見れば人々からは好奇の視線(殺気じみた怒気も、ちらほら)。とても誤魔化しは利かないだろう。
意を決して。ベディヴィエールは片膝を付き、立香の左手を取った。手は本来差し出して貰うものだが慣習の違いを思うと難しい。手袋越しにではあったけれど、彼の手の甲へ唇をそっと押し当てる。
ブーイングが起こればその時は改めて唇にキスするしかないと思っていた。しかし来客席からは数多の歓声と拍手がわっと巻き起こったので、ベディヴィエールはほっとする。
「流石はベディヴィエール卿! 天晴れです! 不埒な真似をしたらこの母が叩っ斬ろうと考えておりました!」
最前列に座る頼光から物騒な発言が聞こえてきたので、本当に、心底、胸を撫で下ろす。
「……ベディ。顔上げて」
立香の言葉に、ベディヴィエールは言われるがまま視線を上げた。その無防備な頬を立香の両手が柔らかく捕える。くい、と上を向かされて、何事かと考えるほどの暇もなく――立香とベディヴィエールの唇が重なった。どよめきと、絹を裂くような悲鳴と、そして揶揄するような口笛が、其処彼処から同時に上がる。
「いやもういくら何でも恰好良すぎて無理でしょ。俺と正式に結婚して下さい、ベディ」
「マスター、私たちは男同士です」
***
メギドの推しキャラがプレイヤーキャラと偽装結婚したのが嬉しすぎてぐだベディを偽装結婚させた話でした(?)
dustbunny