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2023/06/19(Mon)
どうカ、正夢/
▼メカみわ
なるべく早く教室に行くようにしていた。一人でいてもつまらないし(比喩や誇張でなく真実だ)、三輪霞は禪院真依よりも早い時間に登校するからだ。二年生は三人しかいないので、メカ丸は必然的に三輪と二人きりになれる。……三輪は、メカ丸の中身である与幸吉の片思い相手だ。
真依(彼女は苗字で呼ばれるのを嫌う為、親しさのレベルに関係なく名前で呼べと言う)は授業開始ギリギリの登校が多く、任務による欠席も少なくない。朝に弱いらしく「アラームが鳴らなかったの」といって二時間目から堂々やってくることもある。その為、三輪と二人きりで話す時間は案外多い。きっと彼女は「そんなに話してないですよ。大した内容でもなかったし」と言うだろう。それは彼女にとっては事実だ。でも、幸吉にとっては。三輪霞はこの世の誰よりもたくさんのことを話した相手なのだ。
「駅前のタピオカ屋が潰れてクレープ屋になってたんですよ。タピオカって実はそんなに美味しくないってみんなも気づいたみたい」とか「クレープもいいけど、今度は飲むわらび餅にチャレンジしたくて。桃先輩が教えてくれたお店だから絶対大丈夫なところ」とか「えっ。確かに昨日前髪切ったけど、ちょっと整えただけですよ? よく気付いたね。……もしかして、変?」とか「カワイイ?! あ、ありがと……。メカ丸がそんなこと言ってくれるなんて思ってなかったからビックリしちゃった」とか。彼女の話はどれもこれも他愛なくて、でも毎日違っていて、ひとつひとつがきらきらしていて、いつだって愛しさで胸が潰れそうになりながら返事をしていた(つい「可愛い」と言ってしまった時はちょっと違う意味で心停止しそうだった。原因不明の不調で何度も死にかけている人生だが、この瞬間が本当に一番死にそうだった)。
任務による欠席が多いのはメカ丸も同じだ。呪術師は数が少ない上に能力主義の世界だから、戦力になる者は一年生の内から容赦なく現場に駆り出される。真依は任務の日は学校を丸々休むが、メカ丸は遅刻と早退を駆使してなるべくたくさんの時間を教室で過ごした。身体的な負担がほぼないのは傀儡の利点だ。
三輪は能力はあるものの実力も経験も不足しているということで、楽巌寺学長の秘書のようなことを行っている。学年が上がった今尚だ。不満はないのかと訊いてみたところ「安全な上にバイト代も良いので私的には大満足です」という返答があったから驚く。妖怪じみた爺さんと四六時中一緒にいる仕事なんて、幸吉なら三日もたない。
ところで、三輪がつくようになってから学長はかなり性格が丸くなったと風の噂で聞く。昨年までの学長を知らないので真偽は判断し難いが、そりゃあ毎日心穏やかに過ごせるだろうなとは思う。学長と三輪は意外とwin-winな関係なのかも知れない。
◆
三輪が任務に当たる時は上級生の補助が多い。補助とはいえ相手は呪霊だから不測の事態は当たり前に起こる。そもそも補助を伴う時点で多少厄介な相手なのだ。けれども三輪もなるべく授業に出席したい派らしく、授業中に席を立ったり、肩で息をしながら教室に入ってくることが最近は特に多くなってきた。疲れているだろうに何故休まないのか聞いてみたところ「払った学費が勿体ないので」という納得の理由が返ってきた。
教師側もその辺の事情は折り込み済みだ。遅刻してきた三輪がこっくりこっくり船を漕ぎ始めても、何なら机に顔面を突っ伏してしまっても注意なんてしない。それどころか授業する声を少し小さくしてくれる。
「普通に教室広いのに机は三台しかないんだから、後ろの方にベッド置いちゃえばいいと思うのよ私」
睡眠学習とかあるじゃない。と、健やかに眠るというよりかは爆睡している三輪を眺めながら、歌姫先生は真顔で言った。既に終礼の鐘が鳴り、ホームルームも終えている。
「メカ丸……っていうか、与。放課後に何か用事ある?」
「任務や調整は特にありませン」
本名を呼ばれて少し嬉しい。こういうマメなところが、この人が生徒に好かれる由縁だろう。
「じゃあ、ちょっとこのままここにいて。すぐ戻ってくるから」
「はイ」
歌姫は少しの音も立てずに教室の引き戸を開け締めして、一切立てずに廊下を歩いていく。聴覚の回路がおかしくなったかと思ったが、三輪の健やかな寝息が微かに聞こえ続けているからそれはない。机に突っ伏す三輪はほぼ頭しか見えないが、水色の髪に夕日の橙を流して染めて、肩や机にさらりと広げたようでとてもきれいだった。画面越しでこれだけきれいなのだから、実際に見たらもっと鮮やかに違いない。ぼんやりと(でも、網膜に焼き付けるように)その光景を眺めていると、メカ丸の視界に女性の手がするりと映り込んだ。いつの間にか戻ってきた歌姫の手だ。ちっとも音を立てないから、全然気づけなかった。
歌姫は教員室から持ってきたらしいひざ掛けを三輪の肩にそっと掛けてやる。その顔は驚く程に優しくて、野球応援の時のヤジや五条悟に対する態度からはとても想像できない(むしろそっちが特殊なパターンで、歌姫は普通に優しい)。
「与、三輪のこと十五分後に起こして」
「アレクサみたいに言わないで下さイ」
「え、ごめん。そういうつもりじゃなかったんだけど……」
「……俺の方こそすみませんでしタ」
真依や西宮にからかわれすぎた弊害がこんなところで出てしまった。
「私がここで仕事してもいいし、別に三輪起こしちゃってもいいんだけどさ。折角の機会じゃない。……感謝してほしいくらいなんだけどな?」
歌姫が意味ありげに口端を上げる。それを見て――彼女は、幸吉が三輪に片思いをしているのに気付いているのだと分かった。幸吉が部屋で一人で慌てていると、歌姫の顔が不安げに曇った。
「……あれ、もしかして私の勘違いだった?」
「いエ……。歌姫先生。アリガトウゴザイマス。本当ニ」
深々と頭を下げたメカ丸に、歌姫は小さく笑い声を零した。
「普通の学校だったら男女交際には何か言わなきゃいけないのかも知れないけど、ここは特殊だから。何事も後悔のないようにね」
◆
十五分と時間を決めてもらってよかった。よく寝ている三輪を起こすのは忍びない。もし「頃合いを見て起こして」と言われていたら、結局自然に起きるまで声を掛けられなかったと思う。
メカ丸はそっと席を立つ。手を伸ばして三輪の肩に触れる。傀儡の触覚はセンサーによって数値化されてモニターへ表示される。三輪の温度や柔らかさは、確かに視界の端の方で何らかの数字として表示されている。与自身の手の平に実際に何かが伝わるはずはない。でも何故か彼女の温もりに触れている気がして切ない。思い込みから生じた感覚だと分かっていても勘違いしていたい。このくらいの誤認識、許して欲しい。
「……起きロ、三輪」
「!」
ふぇ、とも、ふぁ、ともつかない小さな叫び声を上げて三輪が跳ね起きた。理解が追いついていないようでキョロキョロと周囲を見渡して、最後に「あー……夢だったか」と大きなため息をつく。
「……何か良い夢を見ていたのカ?」
「五条悟とクレープ食べに行く夢」
起こしてよかった。心底そう思ったが言わなかった。
「起こさない方がよかったカ?」と、代わりに訊ねる。
「あはは、全然! ありがとう、メカ丸。……授業、とっくに終わってますよね。わざわざ残っててくれたの?」
「……歌姫先生に頼まれたかラ」
「そっか、ごめんね」
変な見栄を張った自分をぶん殴りたかったが、殴ったら手や顔が崩れてしまう可能性があるので耐えた。
「気にするナ。俺にとっては大したことじゃなイ」
「うん。……ありがと」
三輪は突っ伏していた所為で赤くなってしまったおでこを擦っていたが、ふとその手が止まった。小首を傾げて、考え込むような表情を見せる。
「……どうかしたカ?」
「……夢の話なんだけど、五条悟と歩いてたらうちの制服着た男の子にいきなり呼び止められたんですよね。普通に知らない顔なのに、なんか妙に頭に残ってるからモヤモヤして。ほっぺたに傷があったからかな? 髪もなんかちょんまげ風だったし」
時代劇なんて見ないんだけどな。……ねぇ、メカ丸。このひざ掛け、歌姫先生のだよね。教員室寄っていい?
あっさり気持ちを切り替えたらしい三輪はひざ掛けを軽く畳み、机の脇に引っ掛けてある鞄を掴む。
「アア」と返す声はカラカラの喉からやっと出たいつも以上の棒読みだったが、一言だけだったからバレなかった。
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