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2024/01/03(Wed)

幻日/むたみわ

ハッピーな話ではありませんしグロもあります。何でも大丈夫な人はどうぞ。
新年一本目がこんなんでいいのかと思うけど、去年から書いてるからセーフ(?)




幻日



「与君、起きて下さい」

 三輪の呼び掛けで意識が浮上する。瞬間、小さな違和感を覚えたが理由は分からなかった。微睡みに片足を突っ込んだままの思考は霞掛かってぼんやりして、これが現実なのか実はまだ夢の中にいるのかも定かではない。
 次に聞こえてきた「与君。置いていっちゃいますよ」という声はやや笑気を含んでいた。「起きている」と返して、やたら重たい頭を持ち上げる。無機質なスーツを着ていても分かる少女的な柔らかなラインと、長く伸ばされたつややかな水色の髪。それらを更に上に辿っていくと悪戯げに微笑む三輪の顔があった。
 そう、三輪霞がすぐそこに立っている。幸吉の目の前に。
 幸吉は素っ頓狂な悲鳴をあげて椅子から転げ落ちた。無防備に床に打ち付けた後頭部が痛い。痛む場所に右手を伸ばした時に、先程と似た違和感を再度覚えた。手の動作に不具合はない。けれど、強いて言えば何も違和がないことに強い違和を感じた。何かが違う気がした。本当の自分はこんな風じゃなかった気がする。けれど、どう考えたって自分は与幸吉でしかない。
「ごめんなさい、そんなに驚くなんて思わなくて……!」
「大丈夫だ。悪いのはぼんやりしていた俺だ」
 三輪はすぐに駆け寄って、幸吉に手を差し伸べてくれた。手を掴み返した瞬間、その温かさと華奢さに吃驚する。ほぼ心臓が口から飛び出しそうなくらいだったが気合いで踏みとどまった。代わりに咳払いをして誤魔化す。
 三輪と幸吉は呪術高専京都校一年生のクラスメイト同士だ。明るくて、呪術師にしては甘いところがある三輪と過ごす時間は心地がいい。この世界に存在することを赦されているような気分になる。もう二年も三年も一緒にいるような気安さがあるが、実際には顔を合わせてからまだ数ヶ月しか経過していない。彼女に直接触れたのも、勿論これが初めてだった。
 触れてみて分かったが、幸吉は今まで『三輪霞』という存在は透明な壁を一枚隔てたところにいると無意識に考えていたらしい。この手で彼女に触れられる日が来るなんて想像だにしていなかったし、自分から手を伸ばした癖に心の準備なんて一ミリも出来ていなかった。
 両足でしっかりと床を踏みしめて大きく深呼吸する。頭を冷やしたところで、幸吉は改めて三輪に問いかけた。
「三輪。俺は誰だ?」
「……与幸吉君、ですよね?」
 急に何を言っているのか、といった表情で三輪が答える。
「そうじゃなくて……。いや、すまん。俺は確かに与幸吉だ。それは分かっているんだ。分かっているんだが……何だろうな。少し調子が出ない。覚えてないが、もしかしたら夢見が悪かったのかも知れない」
「……体調悪いなら、私、他の人と任務行きますよ?」
「大丈夫だ行ける。行こう」
「返事早っ! 私が言い終わる前に答えましたよね今!?」
 どうにも調子は乗らないが、三輪が任務に行くならとにかく行かなくてはなるまい。どんな状況、どんな世界だろうと幸吉は彼女を守る。その為に生きている。呪術高専に来て彼女を一目見た時から、そういう確信を持って日々を過ごしてきた。



 現場は先週潰れたばかりのレンタルショップだった。入った店舗が次々潰れるという曰く付きの場所だったが、今回ついに次のテナントが見つからず本格的な閉鎖に至った。
 任務内容は「『視て』こい。祓えそうなら戦闘も許可するが深追いはするな」で、つまるところ偵察が主体だった。帳を降ろし、現場に踏み込んでも大した呪力は感じられない。成る程、俺達が回されたわけだと納得する。
 蠢く蝿頭を呪骸で排除しながら、撤去されなかった廃材や備品を踏み分けて奥へ進む。ドアを開ける時などの要所では自動で展開される三輪の簡易領域を敷いて警戒した。幸吉は呪骸と視覚共有が出来るが、報告するからには呪術師である自分たちが直接現場を視ておく必要がある。呪骸越しに分かるのは逆に言えばカメラに映る映像と内蔵マイクが拾えた音だけで、空気感などは一切分からない。細やかな異変を見逃す可能性があるのだ。
 幸吉は呪骸の遠隔操作を得意としているが、その範囲や出力には制限が多かった。索敵や潜入ならともかく戦闘では大抵その場に居ることが求められるので、遠隔と安易に銘打つにはどうにも中途半端な性能だ。縛りを設けることで能力向上が見込まれるが、今は縛りの内容を吟味している段階である。どういう縛りでどう能力を向上させれば最も効果的か、先生達も交えて検討している。
 
 店舗部分を通り過ぎ、事務室を経由して倉庫に踏み込む。とはいえ今は何の在庫もなく、倉庫はただがらんとしていた。どうやら場所自体に呪いの根源があるわけではなさそうだ。周囲の負の感情が吹き溜まりやすい地形構造をしているだけなのだろう。一年生の場数踏みには最適だと鼻を鳴らす。
「蝿頭ばかりで呪霊はいませんね」
 三輪も同じ感想を持ったようだった。
「まだ分からん。休憩室の方も見よう」
 結果として呪霊がいなければ高専側にそう報告すればいいだけだが、ともあれ内部を隅々まで見て回る必要がある。
 休憩室は事務室を挟んで倉庫の反対側だ。もう一度事務室を通り、呪骸にドアを開けさせる。部屋をざっと偵察させた後で幸吉も中に入った。狭いスペースなので、三輪には領域を保ったまま待機してもらう。……自分の目でも確認したが、やはりここには呪霊どころか蝿頭さえいない。三輪を振り返る。
「異変は無いようだ。戻って報告し――」
「与君っ!!」
 叫ぶ三輪は既に鞘走っていた。彼女の領域は優秀で、三輪自身が異変に気付かなくとも発動する。範囲こそ狭いが、つまるところ狭所では効果を百パーセント発揮した。
 空間をぐっと圧縮するような強い力を肌で感じた。三輪が抜刀しなければそのまま無防備に押し潰されていただろう。彼女の刀が休憩室のドアを――いや、呪霊の口を斬り裂いてくれたお陰で力が分散したのだ。呪霊は部屋を丸ごと取り込んで、中に人間が入ると襲いかかる食虫植物のような仕組みを構築していたらしい。直前まで三輪の術式が発動しなかったことを考えると隠蔽も完璧だ。ほんの一秒前まで、ここは本当にただの休憩室でしかなかった。
「与君、早くそこから出て! 早くっ!」
 刀を呪霊の口につっかえ棒のように噛ませながら三輪が叫ぶ。部屋の床、壁、天井の全てが幸吉を押し潰そうと迫ってくる。
「――っ!」
 走った。しかし逃げるよりも休憩室が閉じる方が早いと察した。咄嗟にドアに右手を伸ばしたが、ばちん! という何かが弾けるような音と共に眼の前が真っ暗になった。全く身動きが取れない。部屋に喰われたらしい。三輪のくぐもった悲鳴が聞こえた。……聞こえ続けている。押し潰されてはいるが、どうやら自分はまだ生きてるらしいと気付く。
 力を込め、自分の身体の状態を確認する。一番初めに確認した右腕は駄目だった。呪霊が口を閉じたと同時に肘より先が断たれてしまったらしく感覚がない。ばちんという大きな音は右腕が弾け飛ぶ音だったのかも知れない。興奮の為か痛みはなく、呪力を流して冷静に止血する。
 左手の方は大丈夫そうだった。指先を動かしてみると何か硬い物に当たったので握り込む。三輪の刀の柄だ。幸吉の腕と入れ違いにこちら側に来たらしい。下半身や内臓も、折れたり破裂した気配はない。まだ戦える。
 残りの呪力を総動員して、部屋の中に呪骸を増産する。戦闘用の呪骸は人間大の人形で、自分で言うのも何だが結構不気味な見た目だ。何故こんなデザインにしたのかは覚えていないが、ある日三輪が「これの元ネタってメカ丸ですよね? 弟と毎週アニメ見てたから分かります」と言ってから、呪骸は次第に皆から「メカ丸」と呼ばれるようになった。言われてみればそんなアニメを見ていたかも知れない。昔は身体が弱く、サッカーや野球よりもアニメやゲームの方に親和性があったから。
 名前をつけると呪骸に少し愛着が湧いた。消耗品としか思っていなかったのに、呪骸が、メカ丸が、自分の手足の延長線上の存在みたいに感じるようになった。
「――メカ丸、もっとだ、もっと来いっ!」
 呪力が続く限り、幸吉はいくらでもメカ丸が作り出せる。あとは片腕を失った中で体力と気力がどれだけ保つかの問題だ。額に滲んだ汗が流れて頬を伝う。制服が背中にじっとりと張り付いている。だが、部屋の壁がどんどん押し戻されていく手応えを感じる。頭上を押さえつける感触が無くなったので上半身を起こして片膝をついた。左手の刀を強く握り、目の前に無造作に突き立てる。何度かそうする内、薄く光が差した。光に刃先を刺してこじ開ける。
「――与くんっ!!」
 三輪の声がはっきりと聞こえた。光の中から伸びてきた温かくて華奢な手が幸吉を掴み、必死に引っ張る。「死なないで、死んじゃだめ、おねがい、がんばって」と励ましながら脇の下に腕を通し、三輪は幸吉を呪霊から引き擦り出す。全身が外に出てしまえさえすれば、部屋はそれ以上襲いかかって来なかった。最初と全く変わらない光景が静かに静かにそこに在って、あまりの変わらなさに逆に背筋が寒くなる。こちら側は幸吉の千切れた右腕と大量の血痕で散々たる光景だ。大量に作り出したメカ丸たちは全部部屋に食われてしまったらしく、呪力がごっそり減っているのを感じる。身体が鉛みたいに重い。
「……やられたのは右腕だけか? 下半身はついてるのか?」
「ちゃんとついてますよっ! 不吉なこと言わないでっ!!」
 三輪は両目から大粒の涙をぼろぼろと溢れさせている。幸吉の方は疲れてこそいるが妙に冷静だった。本当なら下半身もこの場で失っていた気がして、何故かその方が自然だったような気さえする。得をした、命を拾った、そんな気分だった。
「外に出よう、三輪。俺は大丈夫だから」
「何も大丈夫じゃないです、そんな大怪我して。肩貸すからいっぱい寄り掛かって下さい。私、支えますから」
「俺は、お前が無事ならそれで大丈夫なんだ」
 足指を曲げて本当に下半身が無事なことを確かめた。数歩歩いて血溜まりの中から右腕を拾う。切断面がきれいだから、上手くいけばくっつけられそうだった。
 言葉に甘えて三輪の肩を借りる。支えがあると楽だと感じ、思っていたより自分がギリギリだったことを知る。三輪の肩は時折彼女がしゃくり上げる度に震えた。泣かせてしまって申し訳ないけれど、泣き顔もとてもきれいだった。
「三輪。俺はお前が好きだ」
 言葉は勝手に唇から溢れた。三輪は「告白ならもっとロマンチックなシチュエーションでして下さい」と嗚咽混じりに返す。尤もな意見だったので「ごめん」と素直に謝った。今のは振られたということなのだろうか。まあ、それでも別に構わない。幸吉が三輪を大切だと思う気持ちには少しの変わりもない。
 満身創痍だが気分は決して悪くなかった。帳を上げた先の夜空では白い月がきれいだった。





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部屋は呪霊というよりscpのノリで書いた。殺すつもりだったけど生き延びた代わりに、キスはなくなってしまった。キスが書きたかったから残念だけど手に触るという第二目標はクリアしたからオッケー。


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