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2025/07/13(Sun)

モノクロームと水色/メカみわ


 チャイムの余韻も消え去ったが、未だ教室に三輪霞の姿はなかった。入学から今日まで無遅刻無欠席だった彼女のいない教室は、中心に巨大な穴が空いたみたいに空虚だった。
 三輪の代わりというわけではないが、普段であれば予鈴前に教室にいるなどまず有り得ない禪院真依が今日は既に着席しているのが不気味だった。……スタイルが良く大人びた雰囲気の彼女が、古びた学校の簡素な木製イスに腰掛ける姿はどことなくちぐはぐだ。とはいえ冗談じみたロボである『メカ丸』が他人の印象に対してあれこれ言えるわけは無く、その印象を口に出すことはない。「鏡見てきたら?」と一蹴されるのがオチだ。
 昨日の放課後、三輪と真依が共に任務に当たったのをメカ丸は知っている。真依はメカ丸と同じで高専に入る前から依頼をこなしているが、三輪にとってはこれが初任務だった。四級の、最早蝿頭に近い呪霊が相手だと聞いていたので問題ないと踏んでいたが怪我でもしたのだろうか。
「――霞。昨日、呪霊祓えなかったのよ」
 そわそわしていたメカ丸……というか与幸吉の思考を読んだかのようなタイミングで真依が口を開いた。
「四級と聞いていたガ、術式を持っていたのカ?」
「まあ、そう思うわよね。でも違うわ。あの子、目を瞑ったまま呪霊を斬ろうとしたから致命傷にならなかったのよ。で、苦しんだ呪霊がもがいたら刀構えることも出来なくなっちゃって、結局私が祓ったの」
「……意外だナ。真依なら殴ってでも祓わせるかと思っタ」
「勿論そうするつもりだったわよ。でも……霞、吐いちゃったから。『虫ならともかく、こんなに大きなモノを殺すのは初めてで、ごめんなさい』なんて言われたら怒れないじゃない。私だって鬼じゃないのよ」
「……鬼じゃなかったのカ……」
「撃たれたいの?」
 鬼も裸足で逃げ出すだろう冷ややかな言葉と視線に、幸吉の背筋がぞくっと粟立つ。完全に失言だった。
 真依は気持ちを切り替えるようにため息をついて、「でも、ここでやっていきたいなら早く慣れて貰わないと」と固い声で付け加えた。

 ちなみに三輪は四時間目の直前に登校してきて「お昼ご飯を食べに来ました。ここの給食おいしいですよね」とちょっと照れながら言った通り、完食していた。
「……見所はあるみたいね」
 真依がこっそり耳打ちしてきた。



モノクロームと水色



 メカ丸であれば一秒も掛からず祓っている低級霊と三輪が対峙してから、そろそろ三分が過ぎようとしていた。
 手出しせずに見守っているのは、歌姫から「呪霊は三輪に祓わせること」という明確な指示があったからだ。呪霊が逃げてしまわないように牽制する以外、メカ丸に出来ることはない。三輪が覚悟を決める瞬間をじっと待つだけだった。
 刀を持った三輪の立ち居振る舞いは美しかった。緊張で肩に過分な力が入っているが、つい先日刀を扱い始めたばかりだとは思えない程度には所作が板についている。彼女がきちんと努力してきたことが分かる。
 呪霊を祓う力は充分身についている。だが曲がりなりにも意思を持って動いているそれ――生きているかのように見えなくもないモノ――に刃を振り下ろすのを三輪は躊躇い続けていた。
『ここでやっていきたいなら早く慣れて貰わないと』という真依の言葉が脳裏をかすめる。だが三輪は既にシン・陰流を会得している。呪霊を祓えなくても退学にはならないだろう。
 呪術師は祓うだけが能じゃない。歌姫もそうだが、呪霊を祓う為のサポートを務める者も多い。今まで普通に生きてきた三輪であれば、直接呪霊と対峙するよりもそちら側に回った方が良いだろう。……幸吉もその方が安心だ。
 頭の中で勝手な算段をしている時だった。悲鳴にも似た三輪の絶叫が迸り、刀が一気に振り下ろされた。切っ先は三日月のようにきれいな弧を描いていた。
 呪霊をしっかり見据えた彼女の横顔は、静かな強い表情をしていた。真っ二つになった低級霊は何事かを呟きながら泡のように消滅する。
 呪霊を斬り捨てた三輪の刀はしかし鞘に納まることなく、乾いた音と共に地面に取り落とされた。続けて三輪自身も膝から崩れ落ちる。先程の表情も見事な一太刀も嘘だったみたいに顔色は真っ青で、指先は細かく震えていた。
「大丈夫カ? どこか怪我でもしたカ?」
 間の抜けた質問をしてしまった。そんなわけないと知っていたが、他にどう声を掛けたらいいか分からなかった。三輪は俯いたまま、
「ごめんなさい、違うんです。ただ、体が震えちゃって。……ごめんね」
 と謝る。きっちり呪霊を祓った以上、謝ることなんて何もないのに。
 震えを抑え込むように自分で自分の体をきつく抱きしめている彼女に代わって、メカ丸が刀を拾った。……例え肩や背中であったとしても、震える彼女に触れる度胸なんてなかった。というか下手に触れたら壊してしまいそうで怖かった。しゃがみ込んだ三輪の姿はあまりにも弱弱しくて、彼女の方こそ今にも泡のように消えてしまいそうに見えた。
「……呪霊は呪いダ。生き物ではなイ。罪悪感を持つ必要はなイ」
 なるべく優しく聞こえる声色で喋ったつもりだが、メカ丸のスピーカーを通してどれだけ再現出来たかは分からない。とにかく三輪は顔を上げてくれた。カメラを通して彼女と視線がかち合って、幸吉はやっと安心出来た。三輪は消えたりしない。そんな当然のことを実感する。
「……ありがと、メカ丸」
 口端が少し引きつっていたけれど、三輪は何とか笑顔を浮かべてくれた。メカ丸が持っていた刀に手を伸ばすと、まだ震える手で受け取って鞘に収める。危なっかしい様子に怪我をしないかと幸吉はハラハラしていた。彼女には切り傷ひとつだって負って欲しくない。
「立てそうカ?」
「今はちょっと危ないかも。でも落ち着けば大丈夫」
「……俺ガ、運ぶカ?」
「……運ぶ?」
「三輪を背負って高専まで戻ル」
 それは幸吉にとっての最大の勇気だった。三輪がここまで頑張ったのだから、俺だって頑張らなければという決意だった。それを聞いた三輪がぱっと顔を明るくしたので一瞬ほっとしたが、
「そういうことならお姫様抱っこがいいです!」
 と予想外のリクエストが返ってきたから、ひっくり返りそうになった。
「……オ、お姫様……抱っコ……!?」
 この人生において、そんな可愛らしい単語を発する日が来るとは思っていなかった。うまく受け止められなかった「お姫様抱っこ」という言葉が幸吉の頭の中でぐるぐる回る。しかし三輪は構わず喋り続ける。
「ミニバスの休憩中に女の子同士でふざけてお姫様抱っこし合ったことがあるんだけど、私そこそこ身長あったから主に抱っこする側だったんですよね。本当はやって欲しかったんだけど、なんかタイミングなくて。でも、だからすごく憧れてて!」
「そんなに身長あるカ?」
「メカ丸から見れば低いだろうけど、女子の平均よりは高いんですよ私。勿論、私より背が高い子もいたんだけど……うーん、私はキャプテンやってたのが大きかったのかなぁ」
 昔のことを思い出しているのか、三輪は懐かしそうな柔らかな表情を浮かべる。で、そのままのノリで「じゃ、よろしくお願いします!」と言って無邪気に両腕を伸ばして来たから本当に卒倒するかと思った。だがここまで来て「やっぱり無理ダ」とも言えない。心の中で念仏を唱えながら、メカ丸は三輪の体に手を伸ばす。
 これ本当に大丈夫か? 冗談だったりしないか? 嫌われないか? 後で変な噂流されたりしないか? 誰かに殺されないか? 訴えられたりしないか?
 思考をフル回転させている時に「手は腰と膝の裏に回して下さいね」と言われたから、つい「はイ」とかしこまった返答をしてしまった。三輪は「メカ丸の敬語とか珍しすぎ!」と大爆笑だった。穴があったら入りたいとはこの事だった。



 三輪に会ってから、機械の体で良かったと思う瞬間が度々あった。
 勿論、本当は普通の体で普通に出会いたかった。だがもしも生身で彼女を目の前にしていたら、可愛すぎてとてもついていけなかっただろうと思うことも多かった。……もしも今、三輪を抱きかかえているのがメカ丸ではなくて幸吉本人だったら、腕も目も鼻も口も耳も頭も肺も心臓も、もう何もかもがめちゃくちゃにぶっ飛んでいたような気がする。自爆装置なんて物騒な物はメカ丸にもつけていないけれど(呪霊と戦うだけの用途ならアリだが、高専で日常生活を送るには危険すぎる)これが幸吉だったら多分何かに耐え切れずに爆散していた。
「……私、メカ丸が機械の男の子で良かったかも知れません」
 首に腕を回した超至近距離でぽつりと三輪が呟いた。幸吉と似通ったことを考えていたらしい。飛び出しそうになる心臓を抑えて、尋ねる。
「どうしてダ?」
「だってメカ丸が本当の男の子だったらこんなに気軽に甘えられてないですし、多分」
「…………俺モ。傀儡じゃなかったら多分、こんな風には運べていなイ」
「メカ丸って彼女とかいないんですか?」
「……いなイ」
「私もいたことないんです、彼氏。バイトとか部活とか弟の世話でずっとそれどころじゃなかったし」
 三輪からは見えないのを良いことに、幸吉は力強くガッツポーズをした。恐らく三輪本人にその気がなかっただけで、彼女に好意を寄せていた男子はそれなりにいただろう。でなければ世の中の男子は全員見る目が無さすぎる。全員目玉をほじくり出して一度洗った方がいい。
「いつか良い人と出会えると良いですね、私もメカ丸も」
 だからといって別に自分だって彼女の眼中にいるわけじゃないが、それはまあ、いいのだ。

「一週間でいいから五条悟みたいな人と付き合ってみたいなー! あ、メカ丸は五条悟って知ってます?」
「…………。知らン」
「凄腕の呪術師なんですけど、エグいほど顔が良いんですよー! でもスマホのロック画面にして毎日眺めたいって言ったらなんか歌姫先生から『絶対にやめなさい、そんなことしたらスマホ没収するわよ』って言われちゃって」
「俺もやめた方がいいと思ウ」
「えっ!? なんでー!?」


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