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2025/09/15(Mon)
モノクロームと水色(清書)/メカみわ
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本鈴が鳴っても三輪は教室に現れなかった。
昨日まで無遅刻無欠席を貫いていた彼女のいない教室はまるで巨大な穴でも空いたみたいに空虚だった。彼女が教室にいること、教室に行けば彼女に会えるという事実に自分がどれだけの平穏を得ていたかを幸吉は苦い程に思い知る。
尚、無遅刻無欠席は裏を返せば呪術師として全く任務を行っていないという意味なので、高専においては全く名誉なことではない。
教室は水を打ったように静かだが、メカ丸以外にも人はいる。というよりも普段なら朝のホームルームにはまずいない筈の真依が既に着席している。不気味だった。黙ったまま、しかしどことなく上の空な雰囲気でスマホを眺める姿は、逆にいない方がマシだったくらいに不安を煽る。
昨日の放課後、三輪と真依が共に任務に当たったのを幸吉は知っている。
真依は幸吉と同じで入学前からバンバン依頼をこなしているが、三輪はこれが初の任務だったのも知っている。
四級の、最早蝿頭に近い呪霊がターゲットだと聞いていたから問題はないだろうと軽く考えてしまったが、ケガをしたのかも知れない。やはりメカ丸にこっそり後をつけさせるべきだっただろうか。
「――あの子。昨日、呪霊祓えなかったのよ」
こちらの思考を読んだかのようなタイミングで、スマホから視線を外さないまま真依が言う。
「四級と聞いていたガ、術式を持っていたのカ?」
「ま、そう思うわよね。でも違うわ。霞ってば目を瞑ったまま呪霊を斬ろうとしたから致命傷にならなかったのよ。で、呪霊がもがいてる姿を見たら刀を構えることも出来なくなっちゃって。結局私が祓ったの」
「……意外だナ。真依なラ、殴ってでも三輪に祓わせると思っタ」
「勿論そうするつもりだったわよ。でも……霞、吐いちゃったし。『虫は躊躇なく殺せるんですけど、こんなに大きなモノを殺すのは初めてで、ごめんなさい』って泣きべそ掻きながら言われたら怒れないじゃない。私だって鬼じゃないわ」
「鬼じゃなかったのカ……」
「アンタ相手なら鬼になれるけど、試す?」
冷ややかに言って、真依が制服からリボルバーをちらつかせた。「すまなかっタ」とここは素直に謝る。完全に失言だった。
「……ここでやっていきたいなら、慣れて貰わないといけないわよね」と真依が少し固い声で付け加えたタイミングで歌姫が教室に入ってきて、三輪は今日は遅刻してくると告げた。
ちなみに三輪は二時限目には登校してきた。最初に真依と何事かを囁き合って、額を軽く小突かれていた。
小突かれた場所を押さえて「おはよう、メカ丸」と少し照れたように彼女が笑う。
「おはよウ」といつも通りに返しながら、幸吉はひどく安堵した。あまりに安堵が深すぎて、三輪さえ平穏であれば、俺はもう世界も人類も正義も良心も何もかもがどうでもいいのかも知れないなと、ぼんやり思った程だった。
モノクロームと水色
メカ丸であれば一瞬で祓っている低級霊と三輪が対峙して、既に五分が過ぎようとしていた。
手を出さずにいるのは、歌姫から「呪霊は三輪に祓わせて。最悪逃がしてもいいから、とにかくメカ丸は手を出しちゃ駄目よ」という指示があったからで、呪霊が逃げないように牽制する以外にメカ丸に出来ることはなかった。
三輪の立ち居振る舞いは美しかった。緊張で肩に過分な力が入っているが、つい先日刀を扱い始めたばかりだとは思えない程の所作が身についている。彼女がきちんと努力を重ねてきたのがよく分かる。
呪霊を祓う力は充分身についている。だが曲がりなりにも意思を持って動き、時には言葉を話すモノ――まるで生きているように見えなくもないモノ――に刃を振り下ろすのを三輪は躊躇い続けていた。
『ここでやっていきたいなら慣れて貰わないと』という真依の言葉が微かに脳裏をかすめる。しかし三輪は既にシン・陰流を会得しているのだからと思い直す。呪霊を祓えなかったところで即退学とはならないだろう。呪術師は祓うだけが能ではないのだ。担任の歌姫がそうであるようにサポートを務める者も多いし、三輪だってそちらの方が向いているように思う。……希望的観測だろうか。
あれこれと勝手な算段をしていると、悲鳴にも似た三輪の絶叫が迸った。
画面の中で、刀が一思いに振り下ろされる。切っ先は三日月に似たきれいな弧を描いていた。左右で真っ二つになった低級霊は何事かを呟きながら塵となって消滅する。
それを両の目でしっかりと見据える彼女の横顔は、静かだが強い表情をしていた。
けれどもそこで緊張が途切れてしまったのか、三輪は刀を手から取り零した。乾いた音を立てて地面に落ちる刀を追うように、三輪自身も膝から崩れ落ちる。先程の強い表情も見事な一太刀も全部嘘だったみたいに顔色は真っ青で、指先は細かく震えていた。
「大丈夫カ? 怪我でもしたカ?」
思わず間の抜けた質問をしてしまった。そんなわけないとは分かっていたが、他にどう声を掛けたらいいかが分からなかった。
「ごめんなさい、メカ丸。違うんです。ただ、体が震えちゃって。……ごめんね」
三輪は俯いたまま何度も謝った。きっちり呪霊を祓った以上、謝ることなんて何もないはずなのに……まるで今斬った呪霊に謝るみたいに、ごめんなさいと謝り続ける。
自分で自分の体をきつく抱きしめている彼女に代わり、メカ丸が刀を拾った。本当は震える肩や背中を優しく撫でてやるべきだったのかも知れない。でもそんな度胸は幸吉にはなかった。下手に触れたら三輪を壊してしまいそうだった。しゃがみ込んだ姿はあまりにも弱弱しく、触ったら泡のように弾けて消えてしまいそうだった。
「呪霊は呪いの集合体ダ。生き物ではなイ。……罪悪感を持つ必要はなイ」
なるべく優しく聞こえそうな声色で話した。メカ丸のスピーカーを通してどれだけ再現出来たかは分からないけれど、三輪は顔を上げてくれた。
「……ありがと、メカ丸」
三輪が笑顔を浮かべる。目は真っ赤だし口端は引き攣っているけれど、それは何とか笑顔と呼べる表情だった。
「刀拾ってくれたんですね。すみませんでした」と言って手を伸ばすと、三輪はメカ丸から刀を受け取った。まだ小さく震える手でそれを鞘に収めようとする様子はかなり危なっかしく、幸吉は終始ハラハラしていた。三輪には切り傷、かすり傷の一つだって負って欲しくない。切羽が鞘に触れる小さな金属音を聞いて、ほっとした。
「……立てそうカ?」
「あー……。今はちょっと危ないかも知れないです。でもケガしたわけじゃないし落ち着けば大丈夫。少し待っ……」
「それなラ、俺が運ブ」
「……運ぶ?」
「俺が三輪を背負って高専まで戻ル。……駄目カ?」
幸吉にとってこの言葉は最大の勇気であり、三輪がここまで頑張ったんだから俺だって頑張らなければという決意だった。
三輪は何度か目を瞬かせた後で、ぱっと顔を明るくした。この表情を見るに嫌がられたりはしないだろうと気を抜いたところで、
「そういうことなら、おんぶじゃなくてお姫様抱っこがいいです!」
と。予想を超えるリクエストが返ってきたので引っくり返りそうになった。
「……オ、お姫、様……抱っコ……!?」
人生において、こんなにもファンシーな単語を発する日が来るとは思っていなかった。自分が発した言葉にアレルギーが出て口が痒くなりそうだった。しかし三輪は全く構わず、夢見るようなうっとりとした瞳で話し続ける。
「ミニバスの休憩中に女の子同士でふざけてお姫様抱っこし合ったことが何度かあったんですけど、私毎回抱っこする側だったんですよね。そこそこ身長あったからかな? とにかく、本当はやって欲しかったんだけどなんかタイミングなくて! でも憧れてて!」
「そんなに身長あるカ?」
「メカ丸から見れば全然低いだろうけど、私、平均よりは高いですよ。勿論、私より身長ある子もいたんだけど……うーん、やっぱ私はキャプテンやってたからかなぁ?」
三輪は懐かしそうな柔らかな表情を浮かべた。昔のことを思い返しているのだろう。しかしそのままのノリで「じゃ、よろしくお願いします!」と言って無邪気に両腕を伸ばして来たから危うく卒倒しそうになった。
ここまで来て「やっぱり無理ダ」とは言えない。心の中で念仏を唱えながら、メカ丸は三輪の体に恐る恐る手を伸ばす。ほぼ不審者のような動きだったけれど、勿論三輪は気にしていない。その素直さが逆にいたたまれなかった。
これ本当に大丈夫か? 冗談だったりしないか? 嫌われないか? 後で変な噂流されたりしないか? 誰かに殺されないか? 訴えられたりしないか?
思考をフル回転させている時に「手を置く場所は腰と膝の裏ですよ」と言われたから、つい「はイ」とかしこまった返答をしてしまった。三輪は「メカ丸の敬語とか珍しすぎ! 歌姫先生にもあんまり使わないのに!」と爆笑だった。
◆
機械の体で良かったと思う瞬間が、三輪と出会ってからは度々あった。
勿論、普通の体で普通に出会ればベストだった。だが、もしも彼女が目の前にいたら可愛さのあまりにキャパシティオーバーを起こしていただろうと思うことも相当多い。
今だってそうだ。もしも三輪を抱きかかえているのがメカ丸ではなく幸吉本人だったなら、腕も目も鼻も口も耳も頭も肺も心臓も、もう何もかもがキャパシティオーバーでめちゃくちゃにぶっ飛んでいたに違いなかった。自爆装置なんて物騒な物はメカ丸にもつけていないけれど(用途が戦闘のみならアリだが、高専で日常生活を送るには危険すぎる)もし幸吉自身が三輪を抱えていたとしたら、何かに耐え切れずに一秒で爆散していた自信がある。
「……なんか私、メカ丸が機械の男の子で逆に良かったかも知れません」
超至近距離でぽつりと三輪が呟く。どうやら似通ったことを考えていたらしい。
「どうしてダ?」
「だってメカ丸が本当の男の子だったらこんな気軽に甘えられてないですし、多分」
「…………俺モ。傀儡じゃなかったらこんな風に運べていなイ、多分」
「……メカ丸って優しいけど、彼女とかいないんですか?」
「いなイ。あと別に優しくなイ」
優しいですよ、と三輪は小さく笑いながら訂正する。
「私もいたことないんです、彼氏とか。バイトとか部活とか弟の世話でずっとそれどころじゃなかったし」
三輪には見えないのを良いことに、幸吉は力強くガッツポーズをした。三輪に余裕がなかっただけで、彼女に好意を寄せる男子は多分それなりにいたのだろう。幸吉には分かる。というか、でなければ世の中の男共は見る目が無さすぎる。全員目玉をほじくり出してよく洗った方がいい。
「――いつか良い人と出会えると良いですね、私もメカ丸も!」
幸吉だって三輪の眼中にいるわけじゃない事実を無邪気に突きつけられて、胸がえぐれた。仕方のない話だ。彼女の視界に『与幸吉』がいたことなんて、そもそも一度だってないんだから。仕方がない。別にいい。うん。仕方ないしな。仕方ない。クソ。
◆
「あーあ、一週間でいいから五条悟みたいな人と付き合ってみたいなー! あ、メカ丸は五条悟知ってます?」
「…………知らン」
「え、結構有名だと思ってたのに。凄腕の呪術師なんですけど、エグいほど顔が良いんですよー! 私、実は桃先輩から貰った隠し撮り写真スマホのロック画面にしてたんです! 顔見るだけで健康になる〜!! って感じで凄かったんですけど、歌姫先生から『その待ち受け今すぐやめなさい。スマホ没収するわよ』って言われちゃって」
「変えたのカ、ロック画面」
「変えましたよ、ホーム画面に」
「今すぐやめロ」
「なんでみんなそう言うのー!?」
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