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(不二周助)(不器用)

 穴が空くほど見つめられた事はありますか。
私は今現在進行形で見つめられています。彼はいつもの笑みを浮かべて、ジッと見つめてきているのです。
別に彼は付き合っているとか、そういう仲ではありません。そのはず……なんですけどね?なんせ告白もしてないしされてない。けれども彼は何かと、他人が気がつかない程度だが、共に過ごす機会が多くなっている。偶然を装っているのか、はたまた偶然なのか。しかし今もこうして私の前にいるのだから、きっと偶然ではないのだろう。
 しかし、こうも見つめられていると授業も何も集中できるものもできなくなるわけで、持っていた鉛筆は何を示そうとしていたのかわからないような線を残していた。

 図書館ということもあり、小声で彼に声をかける。話す機会が増えているとはいえ話しかける際にはいまだに緊張してしまう。

「あの……不二くん」
「どうしたの?」
「……その…あまり見つめられると、集中ができないというか…」

 テスト期間中は図書館で勉強すると決めている。というか数学に至っては本当にまずいのでかなり焦っている。そんな中、見つめられるとどうしても集中が切れる。
教科書から彼に目線を移すと、変わらず頬杖をついてこちらを見ていた。

「僕の顔に何かついてる?」
「いえ……その質問そのままお返しします」
「みょうじさんに?ううん、ついてないよ」
「……そうですか」

 切れた集中を取り戻そうと再び教科書に目をやるが、一度切れた集中は、嫌いな科目ということも相まり戻ってくることはなかった。
仕方ない、帰ろう。ため息を吐いて教科書をバックにしまい始めると彼から驚いた声が小さく聞こえた。

「…帰るの?」
「はい。家の方が集中できるかと」
「……僕のせい?」

 そうだよ、とは言えず口を噤んだ。彼を見ると眉を下げて少し悲しそうな顔をしてこちらを見ていた。何故彼がそんな表情をするのかわからないけれど、そう思うならばそんなに見つめてこなければよかったのでは……と口には出さずに思う。

「いえ……」

 必要以上に彼を傷つける意味は無いので、取り出していた本を元の本棚に戻すため立ち上がる。別に不二くんのことが嫌いなわけでは無いが、やはり苦手意識を抱いていることは否定できない。彼もそれに気が付かないほど疎いとは思わないんだけどな……

 本棚の角を曲がると丁度受付から見えない位置で周りの人も本棚に夢中になっているのでより一層静かに感じる場所にたどり着く。以前見つけた時からここの本棚ばかり来るようになってしまった、私の校内で好きな場所。
慣れた手つきで本棚に戻そうとすると手首に何か掴まれた感触。普段ありえないことに驚いて本を手から離してしまったが、その本は床に落ちることなく空で停止した。否、誰かが片手で受け止めた。

 手の元を辿るとそこには先ほど私の目の前で見つめてきていた不二くんがいた。触られたことや突然のことで驚いていたからなのか、私の意識は本が落ちなくて良かった、と見当違いな方へ向いてしまった。器用に左手で本を受け止めていることに感心していると内容が読めるような形で本がどんどん顔に近づいてきていた。
ああ、そういえばこの部分よくわからなかったなと思いつつ何故こんなことをしているのか本人に尋ねようと顔を向けたその時。頬にこそばゆい感覚と、微かな息。そして柔らかくてその部分からじわりとした温もりが伝わってくる。極め付けとばかりにこちらを見つめる蒼い眼。私は今口付けをされているのだ、と冷静に分析することができてしまった。

「……」

 本は周りの人からバレないようにするための遮りだったのだとわかったのは温もりが離れて行ったと共に本も降ろされた時だった。何故?と言う疑問は尽きないし、どうしてと問い詰めたいが私は目の前にいる彼の顔を見て口を噤んでしまった。
 ああ、そんなにも顔も耳も赤くして、いつものポーカーフェイスはどこにいったの?見開かれた目は彼の瞳を露わにしこちらを見つめてきていた。瞳は揺れて、誰が見ても動揺していることかひと目でわかる。
そんな彼につられて私も熱が顔に集中していく感覚と、先ほど触れていた唇がピリッと甘い感覚に支配されていった。

「……みょうじさんが、好き、なんだ…」

 そういった彼の声は酷く震えていて、弱々しくて、普段の彼から想像ができなくて思わず苦笑が出てしまったのは不可抗力としか言いようがない。ポタポタと瞳から滴が落ち始めたのを見て驚いたと同時に、天才だの王子様だと騒がれていた彼は不器用なのだと知らされた。
苦手だったはずの彼の思わぬ一面を見て、私はキスをされた事実よりも笑いに耐えられず肩を揺らした

ー思いがけずー

それは互いに予期などできていなかった事態



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Hello,dust