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 ほとんどの生徒がプリントに手をつけずに、ギャーギャー騒がしいまま終わってしまったアイスバーグ先生の授業。私はといえば、サンジに抱きかかえられていたところをルフィにチャイムと同時に連れ去られ、無事に席についていた。しかしボニーが他人に食べ物を与えたという衝撃はどうしても忘れられない。授業中ローに話してやろう、どんな顔をするだろうか、と隣の席を見たら、そこにローは居なかった(ローの前の席のペンギンに聞いたら、自習なんてダルいからと授業前に出て行ったらしい)。そして今は場所は変わって美術室。先生はまだ来ていない。

「あれ、ローいつの間に」
「今」
「さっきボニーが大変だったんだから。あとで話聞いてね」
「…はいはい」

 興味なさげに視線を外すローの隣から顔を出したシャチが、おれも一緒に聞いてやるよ!と笑った。ちょっと意地悪をしたくなって「シャチは別にいいや」と言ってみたら、分かりやすくジメジメしたオーラを出し始めたので、冗談だと慌ててロー越しに謝った。ふと見上げてみると、ローがいつもよりほんの少し、楽しそうに口元を緩めていて驚いた(いつもの意地悪なヤツじゃない)。

「ローが笑ってる」
「あ?」
「あれっ元に戻っちゃった…もったいない」
「…ケータイ向けんな。撮ったらバラす」
「えええ理不尽!」

 大きな手に携帯のカメラ部分が覆われる。残念。あんな優しげなロー滅多に見られないのに。残念がっていたら、シャチが「残念だったなーなまえ、キャプテンの写真なんて命と引き換えじゃなきゃ撮れないレベルのレアアイテムだぞ」と笑ったので、ローからそれはそれは恐ろしい顔で睨まれた。シャチはまるでチワワのように小さくなって震えていて、ペンギンが溜息をついていた。

「やあ。待たせたね」

 チャイムが鳴ってから15分遅れで教室に入ってきたのは、この美術の授業を担当するキャベンディッシュ先生だ。今日も大量のバラを抱えている。そして何だかキラキラが普段よりも増しているような気がする。

「先生!」
「何だい、なまえ」
「何だかいつもよりさらに先生が輝いて見えます。私の目がおかしいのでしょうか」
「なまえ…驚いた…きみはとんでもなく優秀だ!成績表の“鑑賞力”の評価をAにしてあげよう。きみの目は正しい、きみの言う通り今日のぼくはいつもよりさらに美しい…なぜなら!!授業の前に美容室へ行ってトリートメントをしてきたからさ」
「いや仕事しろよ」

 ウソップからの冷静なツッコミが入り、キャベンディッシュ先生は機嫌を損ねたようで、ぷうっと頬を膨らませた。膨らんだ頬のまま大量のバラを大きな花瓶に挿し、そこから1本手に取ると、ゆっくりと食んだ。

「あの…先生…」
「さあ、今日のモデルもぼくだ。今日のきみ達の課題はぼくを美しく描く事。たったそれだけだ」
「…」

 ポーズをとってバラを食む先生を見て、普通のクラスの女生徒ならばクラクラしてしまうのだろうが、残念ながらこのクラスには先生を見て黄色い声を上げる者など居ない。私は静かに鉛筆を握ると、画用紙に先生を描いていく。さっき先生を褒めた(と思われた)からだろうか、途中先生と目が合うとウィンクを飛ばされた。隣の席のローはその度に迷惑そうに顔を歪める。(ちなみに毎授業デッサンのモデルは先生である)

「おい、お前あのウィンク何とかしろ」
「そんな事言われても」
「何か目がチカチカするから気に食わない」
「確かにあのウィンク何か輝いててチカチカする」
「プッ…さっきので気に入られたなー、なまえ」
「うるさいシャチのくせに」
「ひどくね!?」
「うるさいぞシャチ」
「ペンギンまでひどくね!?…お、なまえ絵うまいな」

 いよいよ涙目になったシャチに絵を褒められた。先生の絵だからそれっぽく描いて何かキラキラさせておけばいいだろうと思って、キラキラマークを飛ばしておいた。ローからも、まあいいんじゃねェかと言われたので、これで提出しよう。

「なまえは仕事が早いな。でもだいぶ時間余ったな」
「ほんとだ」

 ペンギンに言われて気がついた。10分そこそこで描き終えてしまった。暇だ、とても。周りを見渡すと、渋々ながらも先生を描くみんな(ルフィとボニーだけは先生にそのバラうめェのか!くれ!と詰め寄って怒られている。いつもの事だ)。落描きでもしていようかなと再び鉛筆を握った時、悲劇は起こった。

「………」
「あ、あの、なまえ、ごめんなさい」

 先生の怒りのパンチを食らって吹っ飛んできたルフィ。突っ込んだ先は私の机。そして落ちて汚れる画用紙。鼻血を垂らしながらも、ルフィにしては珍しく素直に深々と頭を下げられて、彼を怒る気も失せてしまう。先生はルフィに邪魔されてご立腹で、またもや頬を膨らませている(どっちが子供なんだか)。…とりあえず。

「畜生ぉぉおおお!!」
「(ビクッ)」

 力作(一応)を汚された憤りを声に出して机に伏す。ルフィは一瞬肩を跳ねさせたが、おろおろしながらなまえに謝る。隣でローが溜息をつくのがわかった。そこへ先生が、優雅にキラキラとバラの花弁(食べかけ)を散らしながらやってきた。


女の子が畜生とか言っちゃいけません!


「……」
「ほら、画用紙なら新しいのをやるから。もう一度ぼくを描くといい。…なんだ、こっちもよく描けているじゃないか!これも貰っておこう」
「はあ…」
「ルーシー、きみは今日も減点だがもう点数はとっくにゼロを通り越してマイナスになってるからな」
「えええぇぇえ!エースとじいちゃんに殴られる!!」
「…先生、彼はルーシーではなくルフィです(本人気にしてないけど)」

 その後先生はまた台に乗ってポーズをとった。さっきとポーズが変わったので、描き途中だった生徒から困ったような声が上がった。

「だってルーシーのせいでもう最初のポーズ忘れちゃったもん」

 ぷう。また先生の頬が膨らんだ。

(先生、ルフィです)(お、ルフィ真剣に描いてる。相当追試になるのは嫌なんだな…あっ…追試…追試か…くそぅ……私も…早く描き直そう…)


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