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 この肝試し大会は本当に酷かった。みんなに感想を聞いたらきっと口を揃えて言うだろう、酷かった、と。ああ、おれは心からそう思うね。何せ、可愛いレディーの涙が流れたのだから。

 なまえちゃんはガープに連行された後、山の暗い森の中で作り物の生首を持たされてたった一人で待機し、参加者が通りかかる度にその生首を目の前にぶら下げる、という役割だったのだが。か弱い彼女にとっては、暗い森の中でたった一人で待機するという事こそが辛かったのだ。虫、蛇、蛙、時々木の葉を鳴らす風。何もかも怖かったのだ。そして参加者の前に生首を垂らし、相手が驚いて上げる悲鳴。その悲鳴でもまた彼女は驚くのだ。

 おれ達が通りかかった時にも、ウソップとチョッパー(学校医だがドクトリーヌの計らいで参加)がギャアア!と驚いたが、その不快な悲鳴に混じった「ヒッ」という小さな可愛らしい悲鳴を、おれの耳は拾った。そっと揺れる茂みをかき分けてみると、ぷるぷると震えるなまえちゃんが涙目でおれを見上げていたのだ。その小動物のような姿を見て、おれは一緒に戻ろうと提案したんだが、なんと彼女は「ルフィのおじいちゃんの言い付けは破れない、もう少し頑張る」と健気に耐える事を選んだのだ。

「かんわいかったなァ〜〜〜!なまえちゃんったらもう〜〜!」
「サンジくん今すぐ忘れないと殴るわよ」
「ナミすゎんジェラシー!?」
「黙れ!」
「おれへの愛の拳を振るうナミさんも素敵だー!」

 なまえちゃんを背に隠しながらおれに愛の拳を浴びせたナミさんは、肝試しではおれ達のグループに続いてボニーちゃんと一緒にルートに入った(ちなみにナミさん達の後、最後にルートに入ったのが、ルフィ、ロー達、キッド&キラーというクソむさ苦しいグループ)。ナミさんとボニーちゃんがなまえちゃんのポイントを通りかかった時、ついになまえちゃんは草陰から飛び出してしまったのだ。そのまま一緒に帰ってきたなまえちゃんはナミさん達に、暗かった怖かった虫も居た怖かった!と泣きついており、あんたは頑張ったわ、そーだぞなまえ!頑張った頑張った!とナミさん達が宥めた。とても可愛らしい光景だった。

 ただし、ルフィの後に続いて戻ってきたローが、ニヤリと笑いながら、なまえちゃんが道のど真ん中に投げ出してきた生首を「忘れ物だ」と彼女の目の前に差し出して泣かせた事を、そしてその泣き顔を見てさらにニヤニヤと笑ったローを、おれは絶対に許さない。

「おれの心の中の許さないリストにガープとローを追加した」
「おれもさっきじいちゃんに文句言ったぞ!なまえ泣いてたからな!エースも抗議してた!」
「おお、珍しくグッジョブだルフィ」

 そういえば…と、ちらっとユースタス・キッドを見る。奴はなまえちゃんを泣かせた憎きローを「おい、その辺にしてやれ」と止めていたのである(おれに命令するなと言い放ったローとは喧嘩になっていた)。ので、奴はクラスの人間とはあまり馴れ合わないものの、レディーにはちゃんと優しい奴なのではないかと考え始めた。あんな赤い髪を逆立てた風貌のくせに実に意外だった。ちなみにキッドが止めていなければ、おそらくおれがローを3枚にオロしていただろう。

「なまえ、そなたよく頑張ったぞ」

 ……………ん!??!?!??

「ありがとうございます、ハンコック先輩」
「そなたの話はエースから何度か聞いておる、妹のようなものだとな。エースの妹のようなものという事は、ルフィの姉妹も同然…という事は…そなたは妾の姉妹も同然なのじゃ…」

 なんて美しい光景だろうか。「おーいサンジ聞いてるか?鼻血出てんぞ、おーい。ダメだコイツ聞いてねェ」「ほっとけそんなエロ眉毛」後ろでアホ共の声が聞こえるがおれはそんな事はもはやこれっぽっちも気にならない。座り込んでまだ鼻をすんすんと鳴らしていたなまえちゃんと目線を合わせるように膝をつき、優しく髪を撫でてやっているボア・ハンコック様。それを微笑ましく見つめるナミさん達。美しい。あの辺にだけ光が差して見える。

「おお!ハンコック!」
「ル、ルフィ!」
「ハンコック、聞いてくれよ!なまえ今日はすげー怖がってたのに頑張ったんだぞ!それからなまえ、じいちゃんが森で一人ぼっちにしてごめんな」

 ルフィの言葉にこくこくと頷きながらなまえちゃんの頭を撫でるハンコック様、ルフィに大丈夫だよと涙が乾いたばかりの顔で気丈に微笑むなまえちゃん。どちらもなんて可愛らしいんだ。そしてなまえちゃんは、ゆっくりと立ち上がってこちらへ小走りで走ってきた。

「サンジ」
「なまえちゃん」
「サンジも、途中で声をかけてくれてありがとう」

 そして天使はふわりと微笑んだのだ。


ああ、見える、明日の俺の輝かしい姿が


「なまえちゃんおれは君だけのプリンスとして明日からも君を全力で」
「はいはい頼んだぜプリンス」
「テメェは呼ぶなクソマリモ!!」
「言ってろエロ眉毛」


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