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 休み時間になると同時に、保健室に1人の生徒が駆け込んで来た。普通なら急患かと焦ったりする所だけれど、今回はその必要はない。振り向かなくても足音でだいたい誰が来るか分かるが、これは間違いなくなまえのものだ。

「廊下は走っちゃダメなんだぞ」
「チョッパーせめてこっち向いて」
「お前、甘やかすと調子に乗っておれのわたあめ食うからダメだ」
「べっ別に食べないし!?」
「分かりやすすぎるぞ」
「ヒッヒッヒ、チョッパーに言われちゃおしまいだね」
「ドクトリーヌそんな」

 週に何度か決まった時間になまえが保健室に来る理由。それは数学の授業の時間だからだ。といっても前回まではなまえがここへ来る時間はもっと早かった。授業をまるまるサボり続けていたせいだ。今日は来ないのか、ついにヒナ先生に捕まったのか…と思っていたら、しっかり授業に出たらしい。

「アンタが数学の授業に?こりゃ明日は雨だね。チョッパー、今日中にベッドのシーツ全部洗っときな」
「わかった」
「酷くない?酷くない??」
「だってお前さんが入学してから数学の授業に頭からしっかり出た事あったかい」
「ないかな」
「ほら見な。明日は豪雨だ」
「えぇえ…」

 ヒッヒッヒと笑いながら、ドクトリーヌがなまえをからかうのもいつもの事だ。それを横目に、ドクトリーヌの指示通りにベッドからシーツを回収していく。大きなシーツの山で、あっという間に前が見えなくなった。天気が良いとはいえこんなに今日中に洗い終わるんだろうか。

「チョッパーわたあめどこ?」
「言うわけないだろ!」
「ドクトリーヌ、わたあめどこ?」
「やめときな、虫歯になるよ」
「えー。あっ、じゃあその梅酒ください」
「ヒッヒ…これを?馬鹿言うんじゃないよ小娘、ガキにはやれないねェ」

 梅酒を奪おうと必死に両手をバタつかせるなまえを片手で制しながら、梅酒をグビグビと飲むドクトリーヌ。昼間からまたあんなに飲んで。もうあの瓶は今日何本目だったか。確か今朝出勤して職員室に寄って戻ってきた時、すでに1本空き瓶がデスクにあった気がする。その後……いや、思い出しただけで酔いそうになったので考えるのをやめよう。

「ところでなまえ」
「何?」
「今度の期末。受ける前から追試決まったそうじゃないか」
「うっ…その話は保健室にまで広まっていたの…」
「この前クザンが保健室に仕事サボりに来た時に話してったよ」
「あのアイマスク野郎」
「あららら…なまえ、女子がそんな言葉遣い良くないな」
「今まさに寝てたのかよ」

 ドクトリーヌに追試の事を突っ込まれたなまえはあからさまに顔を背ける。追試を把握されていた原因のクザンが居ると気付いて今猛抗議してるけど、さっきからうるさかったクザンのあのイビキが、彼女には聞こえていなかったのか。

「そもそも何で各学期末ごとに追試が設定されてるんですか!?学年末だけじゃダメなんですか!?」
「そしたらキミタチやる気出さないじゃないの」
「うぐ」
「毎回休暇前にお金なくなるって考えたら赤点取らないでしょ、ね」
「ぐっ…クザン先生のくせにごもっとも…」
「それよりさ、なまえちゃん」


そろそろ現実に目を向けよう?


「はい?」
「期末まではまだ1ヵ月以上はあるけども」
「はい」
「中間テストは明日からだぞ」
「はい?」
「中間テストは明日からだぞ」
「…はい?」
「中間テストは明日からだぞ」
「……………」

 なまえの顔が目に見えて青ざめていく。ああ、中間テストの時期とか気にした事なかったんだろうな。あのクラスだもんな。真面目に準備してる生徒なんて何人いるやら。…いや、ナミあたりはちゃんとやってるだろうな。

「あの…中間テストあと1週間のばしたり」
「出来ないんだよなァこれが」
「出来ないんですよね分かってました」
「なまえ、これやるからもう教室戻ってテスト勉強したほうがいいぞ」
「ありがとうチョッパー。でも今わたあめが喉を通らないの」
「……そっか…ちなみにもう授業始まってるけど戻らなくていいのか?」
「そっちを先に言ってほしかったかな」

 次の授業はルッチが担当の体育らしい。遅刻をしたらどうなるか、想像しただけでおれも心臓が痛い。なまえは着替えのために慌てて走って保健室を出ていった。走ったところでもう授業開始から10分くらい経ってるんだけどな。ドクトリーヌに「アンタも授業があるんじゃないのかい」と尻を叩かれたクザンも、しぶしぶ職員室へ帰っていった。

「ドクトリーヌ、なまえ大丈夫かな」
「さァね。明日からの中間までにどれだけ頑張って詰め込んでも、どのみち学期末に追試が決まってるからねェ…出席足りてないってのはそれだけで損さね。ヒッヒッヒ」
「……がんばれ、なまえ」


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