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 今日は夕方からなまえが来ている。来ているといっても、遊びにではなく勉強をしに。わざわざ隣のクラスの私の所まで来て誘うなまえに、「勉強会しようだなんて珍しい…」と呟くと、「さすがに中間テストで赤点を取るような事があればおじいちゃんの拳骨を回避出来ない」らしい。そんなに怖いおじいさんが居るのかと思ったら、どうやらガープ校長の事らしい。ルフィのおじいさんで、昔から孫のようになまえにも接してくれるという。

「なまえ、随分ぐったりしてるのね」
「聞いてレベッカ…今日はね…キャベンディッシュ先生に買い出しに付き合わされてね…」
「ああ…先生の買い物に…災難ね」

 勉強を教えてほしいと言ってきたはずなのに机に突っ伏したままのなまえに声をかけると、あのキャベンディッシュ先生の買い物に付き合ったらしい。想像してみたが確かに疲れそうだと思った。

「でも勉強しないと中間は明日からよ」
「レベッカ…私もうだめ」
「頑張って、私が分かる所なら教えてあげるから」
「ありがとう…ありがとう…」

 泣きついてくるなまえの頭を撫でて、さっきから真っ白なままのノートに目を移す。開いている教科書はもちろん数学。中間テストは2日間で、明日の朝から数学、現代国語、英語、2日目に古典、世界史、科学がある。真っ先に数学のテストという、彼女にとって絶望的な状況だ。その他は大丈夫なのか聞いてみると、「大丈夫じゃないけど数学より大丈夫」と返ってきた。

「本当にレベッカしか頼れる人が居ないんですお願いします…」
「そ、そんな大げさな…」
「いや本当に…ナミからは家庭教師は1時間3千円から受け付けるって言われたし、ローからはすでにテスト範囲のまとめを渡されて『これで赤点だったら手に負えねェ』って言われたし、ボニーはもうボニーだし、カヤは今日は検査がある日だし、ビビは今日に限って忙しそうだったし…エース先輩達はルフィで手一杯だし…」

 指を折って数えながら話すのを見ていると、本当に色んな人に片っ端から頼み込んだ事が分かる。ローってあの背の高い人かしら。成績はトップなのにとにかく素行が悪くて問題児クラスに分けられたと聞いている。

「ローからもらったまとめはコレなんだけどね…」
「…すごい、コレ覚えるだけで良い点が取れるんじゃ」
「実際に問題見るとどの公式使うのかよく分からないの」
「………教えるから…今日覚えよう」
「が、頑張る…」

 なまえが教科書から問題を書き写し、ローが作ったまとめを見ながら解き始めた所で、マナーモードにしていた携帯が鳴る。画面を見て相手を確認すると、呼んでおいた頼もしい友人の名前。もう家の近くまで来ているからすぐ着くという連絡だった。彼女ならきっとどの教科でもカバーしてくれるはず。

「?誰か来るの?」
「一緒に教えてくれる先生を呼んでおいたの。近所の女子校分かる?」
「あの偏差値の高い…」
「そう、そこ。なまえも知ってる子よ」

 再び携帯が鳴って、着いたというメールが入っていた。連れてくるから、となまえに言って、一旦部屋を出る。玄関で友人を迎え入れると、久々に顔を合わせただけで涙ぐむ相変わらずの泣き虫だった。

「お待たせ」
「お久しぶりです、なまえ様」
「しらほし…!しらほしだ!女子校だったんだね!」
「はい、今日はなまえ様のお勉強をみてほしいとレベッカ様からご連絡が…」
「しらほし、前にも言ったけど様付けやめよう。呼び捨てでいいのに」
「で、ですがなまえ様もレベッカ様もわたくしの大切な、お、お友達様ですから…!」
「わ、分かった!“様”でもいいから泣かないで!」
「!はい!ありがとうございます!」

 しらほしとなまえの再会でも、やっぱりしらほしが涙ぐむ。お互いに連絡先も知らなかったらしく、この機会にと交換していた。なまえはついでに、しらほしにルフィの連絡先も教えていた。

「なまえ、勝手に教えていいの?」
「誰に連絡先教えたか言ってくれれば別にいいぞ!って前に言われた」
「彼、そういうの確かにあまり気にしなさそうね…」
「ルフィにメールしておこう。しらほしにアドレス教えたよーっと…」
「わ、わたくし、ルフィ様にメールだなんて、そんな、わたくしからお送りするだなんて、そんな…そんな…!ひゃあ!?」
「お、ルフィ早いなあ。今しらほしのアドレスもついでに教えておいたんだけどメール来た?」
「は、はい!『よわほしひさしぶりだなー!もう泣いてねェか?』と…!」

 ルフィからのメールを眺めて何と返事をしようかと悩んでいるしらほしは、なまえの勉強の事なんてすっかり忘れてしまっている気がする。

「しらほし、それ返したらなまえの勉強会ね」
「あ!そ、そうでした…!えっと…お久しぶりです、今は泣いていません、これから、レベッカ様となまえ様とお勉強会です…ルフィ様も試験のお勉強頑張ってください…」
「送れた?」
「は、はい…!」

 震える手でメールを送信するしらほしを見て、少し微笑ましい気持ちになる。なまえはもう数学の教科書に向き直っているけれど、2問目ですでに当てはめる公式を間違えている。“ローのまとめ”を見ているにも関わらず。

「………なまえ、公式の内容じゃなく式全体の形を見てみて」
「!難しい記号とxとyがいますレベッカ先生」
「…じゃあ、この公式の形をよく見て」
「はい」
「この公式と同じ形をしている計算問題はどれかしら」
「……これ。……かな…」
「そう、それ。同じように、他の公式も同じ形をしてる問題に当てはめて解いてみて」
「なまえ様。た、足し算が間違っています…」
「えっ」

 しばらく自力で解かせつつ私としらほしで間違いを直していくと、少しずつだがなまえのペンが止まる回数が減ってきた気がする。何とかテスト範囲内の基本問題は解けるようになりそうだと、しらほしと目を合わせてホッとする。なまえが集中してきた所で、気を散らさないように小声でしらほしに話しかける。

「そういえば、しらほしの学校のテストは?」
「わたくしの学校は1学期の中間試験はありません。各学期末と、2学期の中間試験の、全部で4回です」
「いいわね、私達よりテスト1回少ないんだ」
「でもそのかわり、学期末の試験は難しいらしいとお兄様達から聞いています。もちろんお兄様達は受けた事のない試験ですからわたくしも今から不安で…」
「そうよね、女子校だもの。お兄さん達も人づてに聞いたのね」

 出来た!となまえが声を上げたので、私としらほしで答え合わせをする。半分以上合っていた事を伝えると、なまえは喜んでローに電話をかけた。

「ロー聞いてロー!!」
『何だ…うるせェ』
「数学のテスト範囲の問題半分以上当たった!」
『!…当然だ。誰が教えたと思ってる』
「ありがとう!今レベッカ達と勉強会だから切るね!」
『はいはい。赤点取るなよ』

 ローに褒められた!となまえはガッツポーズをしているけれど、携帯から漏れて聞こえてきた感じでは特に褒めているような言葉はなかったような…まあ、なまえが褒められたと感じたならそれでいいか。

「じゃあもう大丈夫かしら?」
「数学は一応」
「あの、なまえ様…応用問題の方はよろしいのですか?」
「しらほし、私難しい事を急に詰め込むと明日全部忘れる」
「…応用問題は捨てるって事ね」

 現代国語と英語は大丈夫なのかと聞くと、どちらも何とかセーフだろうと思っているらしい。英語はリスニング以外は大丈夫!と自信満々の答え。

「よかった…!ではなまえ様はライティングが得意なのですか?」
「読めば分かるからリスニングよりは…リスニングいつも寝てる」
「…なまえ」
「ん?」
「英語の先生をよく思い出して」
「はい」
「授業をよく思い出して」
「うん……」
「きっとリスニングたくさん出るわよ」
「すみませんレベッカ先生しらほし先生リスニングってどうしたら点数取れますか」

 そう、英語の担当はあのラフィット先生。生徒の反応をよく見ていて、生徒が苦手とする系統の問題を普段の小テストの段階から出し続けている。それはもちろん、苦手分野を克服させるために先生が分析して出題しているのだけれど。私達のクラスは実際それでメキメキ上達する生徒が多い。私自身リスニングは問題なく取れる自信がある。でもなまえはさっき「いつも寝てる」と言った。つまり。

「レベッカ様、つまりそれは…」
「ラフィット先生はなまえのためにリスニングたくさん出してくれるわ」
「そんな歪んだ愛いらない」


………うん、そうだね


 クッションを抱いて横たわったなまえは、そっと涙を流した。そんな彼女をしらほしは、おろおろしながらも勇気づけるのであった。

「…入るわよ。勉強会なんですって?頑張ってるのねレベッカ」
「ヴィオラ様!お久しぶりです」
「あら、しらほしも来てたの。…なまえはもう寝てしまったの?」
「今、英語のテストの事で現実逃避している所なの」
「…頑張りなさいね、明日からのテスト」


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