01 - 家出
 久しぶりに何の用事もなく、ベッドの端に座ってぼんやりしていたら、緊急の仕事が出来た。すぐに着替えて手袋をはめ、帽子を被る。まだシーツに包まって静かに眠っている恋人を起こさないよう、そっと頬を一撫でして立ち上がり、部屋を出る。外で待っているであろうコアラ達と合流するために早足で廊下を歩いていると、ぺたぺたと小さな足音が追いかけてくる。……しまった。

「サボ、」
「………なまえ…悪い。起こしたか」

 起こさないように気をつけたはずだったんだが。前にコアラに彼女を任せて出かけた時、「なまえは本当にサボくんが居ないと眠れないみたい、今日も目の下に大きなクマを作っているの」って、お手上げの様子で電伝虫で連絡を寄越してきたっけ。おれが隣に居ないと眠れないってのは、冗談ではないらしい。

「どこか、行くの?」
「……仕事だ」
「帰って、くる?」

 おれが出かける仕度をするたびに、彼女がこう聞くようになったのはいつからだったか。服の裾をキュッと掴んで不安そうに潤んだ目で見られると、ここに残していくのが一層つらくなる。おれと一緒に出先や敵地で連れ回すよりずっと安全だから、ここで待たせているんだが。おれだってつらい、そんな顔しないでくれ。

「必ず戻る」
「約束?」
「約束」

 両手で頬を包んで、おれから見てだいぶ下にある額にキスをする。それでも「しょんぼり」と効果音さえ付きそうな程に下がった眉は、元には戻らない。ああ、どんどん離れがたくなる。このままじゃおれは仕事に行けない。この出かける前の恒例のやり取りだが、おれが一人で抜け出せた事は一度も無い。

「あれ、サボ!まだ居たのか!」
「……ああ、助かった…」
「助かった?……あァ、いつものやつか」

 向こう側から歩いてきた仲間が、おれの服を掴んで放さない彼女をひょいと持ち上げ、今のうちに行け!とおれを急かす。やだ、いかないで、と小さな手を伸ばして涙目で見つめられる。これだけはどうしても何度やられても慣れない。抱き抱えて連れて行きたくなる衝動を抑えて、おれは今日も仕事のために走って外へ出るのだった。

「今日は随分かかったね、サボくん。なまえ泣いてたでしょ」
「おれもう帰りたい」
「一歩外に出たばかりだよ」
「なまえ抱えたままでもこれくらいの任務なら出来るかもしれねェ」
「……たぶん真っ先になまえが標的にされちゃうけどいいの?」
「良くない」
「早く終わらせて帰ってきて抱きしめてあげたら?」
「……ああ…」
「…まったく、お願いしますよ参謀総長殿ー!」
「押すなって!」

 コアラに背中を押されて一歩を踏み出す。さっさと終わらせてドラゴンさんに土産を買って、なまえにはそうだな…何か甘い物を。きっと喜んで食べるだろう。そんな事を考えて少々にやつきながら仕事に向かった今朝のおれは、本部に帰った時に絶望する事になるのをまだ知らない。



「……………は?」
「なまえさんが居ないんです、どこにも」
「部屋は全部探したの!?」
「コアラ!どこも探した…女用のトイレも風呂も物置まで全部…散歩かもしれねェし待ってみたんだが帰ってくる気配もなくて…」
「……………………」
「サボ!おい大丈夫か」
「さ、サボくんしっかり!」


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