固まって突っ立ったまま国語の授業を受けたなまえ。おれが隣からおーいと声を掛けても、残りの菓子食っちまうぞーとその手から袋を取り上げても動かなかったから、追試ってやつが相当ショックだったんだろうと思う。先生もその異様な雰囲気を感じ取ったのか、なまえがとりあえず教室内に居るから出席ということにしておいてくれたらしく、特に何も言わなかった(言えなかった)。次の授業の先生(ちなみにクザン)はまだ来ていない。また授業忘れてんのかな。
「なあトラ男、追試ってなんだ」
「あ?…ああ、定期テストで赤点取るか授業の出席率足りなくなると、半強制的に受けなきゃならねェテストだ(知らねェのかコイツ…)」
「受けなきゃダメなのか?」
「2年生になりたいならな」
なまえの向こう側で窓の外を眺めていたトラ男に聞いたら、どうやらその追試ってやつで合格点を貰わないと2年生になれないらしい。もし2年生になれなかったらもう一緒のクラスどころか、こうして話すこと自体も減ってしまうだろう。そんなのは嫌だ。
「そういやお前は出席率は大丈夫なのか」
「おれか?おれは別にサボってねェもんよ。授業中にメシ食ったり寝たりはしてるけど」
「…そういやそうだな。教室には一応居るな」
トラ男は制服のポケットに手を突っ込んだまま、なまえの机を軽く蹴った。ガタンと少し大きめの音を立てて机がズレる。
「…おい、なまえ、いつまでそうやって固まってんだ。国語終わったぞ」
「そうだぞなまえ!元気出せよ!追試ってヤツ受けるんだろ!」
「!!」
はっとした顔でなまえの肩がピクッと揺れる。放心状態から戻ったようだ。なまえの顔がさっき追試の話をされた時みたいにサッと青くなっていき、そのままトラ男の胸倉を掴んでゆさゆさと揺さぶり始めた。
「っ、離せ!」
「どどどどどどうしよう!」
「知るか」
「数学教えて下さいロー様!」
「いやだ」
「そこを何とか!!」
「いやだ」
「300円あげるからァア!」
「いらねェ」
「だってローさん数学出来るじゃないですか!出来るじゃないですか!!」
「なめんな。全教科出来る」
「何それクッソーーー!!目の下隈ヤロウのくせに!!!」
「…ぜってー教えねェ」
「ギャアア嘘ですってばロー様超カッコいいです!シビれる!ヨッ大統領!頭脳明晰眉目秀麗スポーツ万能将来有望!!!」
「当然だ」
「何よその笑み!!クッソ!!」
「…決めた。絶対に教えねェ」
「ごめんなさいごめんなさい」
トラ男の胸倉を掴んで激しく揺さぶり続けていたなまえは、今度は床に頭をつけて土下座をして謝っている。トラ男は椅子に座って長い手足を組んだ状態で無表情でなまえを見下ろしている。いや、見下している。いつの間にかナミ達も寄ってきて、おれ達の周りにはギャラリーが出来ていた。おれは腹が減ったのでなまえから取り上げた袋に残っていた菓子を食べ始めた。
「お願いしますロー様」
「…はぁ」
「あからさまな溜息!」
「面倒くせェ」
「でしょうね!そんな顔です!」
そう言って顔を上げると、なまえは何かを考えるように顎に手を当て、少ししてから立ち上がり、今度はトラ男の前の席のペンギン(今トイレから戻って来たらしく、トラ男となまえのやり取りは聞いてないみたいだ)の前に座り込み、さっきと同じように頭を下げた。
「ペンギンさん。追試が決定したアホでゴミムシな私めに数学を教えて下さい。お願いします」
「お、おいおい。数学ぐらいいつでも教えてやるから女が土下座なんかすんな(ゴミムシ…?)」
「…!!!ペンギン大好き!」
「うお!ちょっ、なまえ!」
「…………」
なまえからの頼みをあっさり聞き入れたペンギンは、さらになまえからの評価を上げたらしい。大好きだと抱きつかれて焦るペンギンの顔は、少し赤くなっているのが帽子越しに見えた。今の今まで頭を下げられていたトラ男を見ると、チッと舌打ちをして不機嫌そうに頬杖をついた。ペンギンのさらにひとつ前の席に座るシャチが、トラ男の顔を覗き見て、ヒッと声を上げて固まった。
「どうしたトラ男」
「…別に」
「ああああのほらなまえ、もっと適任者が居るんじゃないか!?ほら、例えばキャプテンとか!な!?どうだ!?」
「そそそそれがいいそうしろよなまえ!!な!」
おれでも感じ取れる殺気を放ちながら席を外したトラ男に震えながら、ペンギンとシャチがトラ男に教えてもらえとなまえを説得し始めた(ペンギンとシャチは中学の時入ってた部活のキャプテンがトラ男だったから今でもキャプテン呼びするんだって聞いた)。なまえはなんで?と首を傾げている。それはおれも知りたい。
「なあナミ、なんであいつらトラ男に聞けって勧めるんだ」
「あんた分からないの?…ま、ルフィにこういうのを理解しろって言うほうが無茶よね」
「???」
「それよりあんた何食べてんの」
「なまえが残した菓子」
ナミは結局話を逸らして教えてくれなくてよく分からない。けど、ペンギンもシャチも必死に、おれ達よりキャプテンのほうが点数が良いから頼りになるぞ、おれ達からも頼んでやるから、と勧めていた。
「んー、でもローは私に教えるの面倒くさいって言ってたよ」
「…は?(あの人はまた何の意地を張ってるんだ)」
「あー、それは…(照れ隠しなんだよ、って言ってもこいつ分かんねーよなァ)」
「……おれが教えてやる」
いつの間にか戻ってきていたトラ男がなまえ達に声を掛けた。なまえはぽかんとした顔で固まり、ペンギン達は今までダラダラと冷や汗をかいていたけれど、少し安心したような顔になった。
「でも、ロー、さっき面倒って」
「おれじゃ不満か」
「…ううん、嬉しいけど」
「そうか」
なまえはまだ気の抜けた顔をしていて、ペンギン達は溜息を吐いて脱力したように机に突っ伏した。自分の席に着いたなまえは、どこか満足げにしているトラ男を見た。
「なんで私に数学教えてくれる気になったの」
「…The sillier the girl is, the cuter she is」
「は?」
急になんか意味の分からない事を小声で呟いたトラ男に、近くで聞いていたうちの何人かだけが反応した。ペンギンは驚いてトラ男を見ている。なまえは意味が分からなかったらしい。ニヤニヤしていたナミにどういうことか聞いたら、あんたには分からないでしょうねと笑われた。くそ、何なんだ。どういう意味なんだ。
「ど、どういう意味!私英語むり!!」
「勉強しろ」
「くっ…」
「(悔しそうだな)」
どっかの誰かの有名な言葉
「(馬鹿な子ほど可愛い、か)」
「なあペンギン、キャプテン何て言ったんだ?よく聞こえなかった、英語か?」
「ん?…ああ、なまえが可愛いってさ」
「ぶっ…は!??」
「大声出すな、キャプテンとなまえに聞こえる。あとお茶を噴き出すな」
「わ、悪い(そっか、なまえが馬鹿だから英語で言ったのか)」
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