06 - お迎え
 サボと約束したから肉は残しておく!と宣言してから、食料庫に残したクマ肉の山を見るたびに「次のクマ鍋パーティーはサボが到着してからだなァ…へへ…早く来ねェかなァ…」と幸せそうによだれを垂らすルフィを眺める事にもいい加減飽き、今日の私は恐れ多くも女子会に参加している。ナミさんが小腹が空いたと漏らせば、くるくると回るサンジさんが、こんな事もあろうかと既に作って冷やしていたというケーキを冷蔵庫から出してくれる。

「ありがとサンジくん」
「ありがたき幸せーーー!!」

 回転しながらキッチン側へ引っ込んでいくサンジさんを見送り、ふと冷蔵庫を見やる。あんなに目立つ位置に冷蔵庫があるのに、ルフィくん達はつまみ食いに来ないんだ…と不思議に思っていると、私の思考を読んだナミさんが「あれは鍵付きなの。ナンバーは私とロビンとサンジくんしか知らないから他の人は開けられないのよ」と教えてくれた。なるほど、開けられないから誰も近寄らないのか。

「そういえば、今更だけどなまえは革命軍なの?」
「一応肩書きとしては。でもポジションは雑用だから、外部からはほとんど知られていないと思う…表立って動く事はまずサボが許さないし。散歩だって一人で出る事はほとんどないな…怒られちゃうから」
「……案外過保護ね」

 ナミさんが呆れた顔をして紅茶を啜る。ロビンさんは「彼、弟があのルフィなのよ?そしてなまえもなまえで、初めての森に目を輝かせて二つ返事でルフィについていくような女の子だし。心配して過保護になるのも無理ないんじゃないかしら」と笑う。それを聞いてナミさんは妙に納得していた。少しだけ馬鹿にされた気がしたが、美女二人が楽しそうに笑っているので今は良しとしよう。


「サボ!!」

 女子会もそろそろお開きにしましょうかと立ち上がった時、外からルフィの声が上がった。ちょっと待て、到着が随分早くはないか。いや、自分が船に忍び込んでこの島に着いた時もこれくらいで着いただろうか?明らかに動揺する私のもとへ、ルフィが走って寄ってきた。なあ!サボ来たぞ!そう言って嬉しそうに私の腕をぐいぐいと引く。や、やめて、心の準備が。私達に続いてロビンさんとナミさんも甲板へ出る。

「迎えに来たよ、なまえ!」

 まったくもう!と頬を膨らませる可愛らしいコアラの後ろに、帽子を目深にかぶった私の恋人様が、それはそれは黒いオーラを纏わせて立っていた。

(想像しているより遥かに……怒っていらっしゃるのでは………)


ーーーーー


 さて。結局一睡も出来ないまま島に着き、ルフィの船を見つけた訳だが。ルフィに腕を引かれて出てきたなまえは、ロビンの後ろへ回って隠れた。随分とルフィの仲間達に懐いている。……何故か見覚えの無い可愛らしいワンピースも着ている。お前そんなの持ってたか?…さてはこの島で浮かれて新しく買ったな。

 無言で帽子をコアラに預け、ロビンの後ろから少しだけ見えている頭を片手でがっしりと掴む。びくりと肩を震わせたなまえは、おれと目を合わせずにサッと顔を真っ青にした。悪い事をしたという自覚はあるらしい。大方、頭を握り潰されてもおかしくない…とか馬鹿な事を思っているんだろうが、勿論そんな気はない。

「…さァて、なまえ」
「………」

 真っ青でぷるぷる震えているのを見る限り、ちゃんと反省はしているようだ。おれは怒っていないといえば嘘になるが、こんな様子の彼女をガミガミと怒鳴り散らす程ではない。だが、あれだけ心配させられたのだ。何の仕置きも無しじゃ甘すぎるとは思わねェか?おれは思う。

「……サボ……さん…?」

 やっと口を開き、か細い声でおれの名前を呼ぶなまえだが、おれの目は見ない。しばらく何も答えずにいると、そんなおれを不審に思ったのか、今にも泣き出しそうな目でおれを見上げてくる。目を合わせて口元だけで笑ってやると、素早く目を逸らした。…こいつ。

「……どうしてやろうか?」

 頭を掴んでいた手を頬に滑らせ、耳元に唇を這わすようにして囁いてやると、真っ青だった顔を真っ赤にさせて、今度はルフィの後ろまで逃げていった。ルフィは「なんだ!何言われたんだ?おいサボ!何言ったんだ!震えてるぞ、怖がってんじゃねェか!」とおれに怒る。何でおれがお前に怒られなきゃならないんだ。

「ふふ…逃げられちゃったわね。からかうのはそれくらいにしておいたら?もうそれほど怒ってはいないんでしょう?」
「………はァ」
「あなた結構意地悪なのね」

 ロビンから窘められて深い溜息を吐く。あんな反応されちゃ意地悪したくもなるだろう。ルフィの後ろからおれの様子を伺っているなまえの方へ向き直り、しゃがんで野良猫を呼ぶような格好で、こっちへ来いと手招きする。なまえは一度ロビンに目を向け、彼女の「彼、もう怒ってないみたいよ」という言葉を聞いてからゆっくりと出てきた。……こいつ、まったく…。

「…おれに何か言う事は」
「すみませんでした」
「土下座するくらいなら二度とこんな事すんな」
「ま……まだ…怒って…」
「ねェよ馬鹿」

 無事で良かったと抱き締めてやると、遠慮がちに背中に腕を回して擦り寄る。後ろからホッとしたようなコアラの溜息が聞こえて、続いてハックのわざとらしい咳払いも聞こえた。はいはい、人前でいちゃつくなってか。これぐらい許せ。

「サボくん。いちゃつくなら室内で」
「いいだろ、これくらい」
「見てるこっちが良くないの」

 横目でちらりとハックを見たコアラがおれを睨む。ハックの眉間のシワがさらに増えた。仕方なくなまえを抱えたまま立ち上がると、ルフィが今日はクマ鍋にするぞと騒ぎ出した。そういやクマ肉食うかとか何とか電伝虫で言われたな。ルフィとの通話を思い出していると、コアラから小さく声がかかった。

「食事の時間になったら呼ぶから、少し寝たら?」
「コアラは?」
「私はロビンさん達と久しぶりにちょっとお話。特にサボくん、キミは任務直後に休まず来てるんだから。ちょっとくらい寝なさい」
「う…」
「それに。キミ達二人して目の下酷いよ。どこぞの外科医みたい」

 さあさあ!と背中を押されて船室へ。ばたんとドアを閉められて、おれ達二人以外の人の気配がなくなった。なまえと顔を見合わせると、二人同時に欠伸が出た。笑い合ってそのままベッドへ倒れ込むと、襲ってくる眠気。…ああ、疲れた。

「おやすみ、サボ」
「…寝んのか」
「ねる」
「……」
「そんな目で見てもなにもしません」
「………、」
「ちょっと甘えてみてもなにもしません」
「……」
「おやすみ」
「…おやすみ」

 ………………けち。まあ無事だったから別にいいんだけど。全然いいんだけど。こんな状況でずるくねェか。……寝よう。


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