08 - 早朝の甲板
 夜が明けた。あのまま船室に戻る事なく、男共で固まって甲板で寝てしまった。ルフィ達と話しながらあれだけ飲んだというのに、こんなに早く目が覚めるとは。腹を出して寝ているルフィを見て、こんな無防備によだれ垂らしてんのが船長で大丈夫か…と不安になる。クルー達はさぞかし苦労している事だろう。

「あ、サボ起きてたの」
「……なまえ」

 寝起きで掠れた声が出る。なまえは遅くまでコアラ達とガールズトークとやらを楽しんだらしい。

「…風呂入ってたのか」
「うん、サニー号のお風呂広いの。幸せ」
「……風呂入るなら誘えよ」
「…今何か言った?サボくん」
「特に何も」
「そう」
「拭いてやろうか、髪。風邪引くぞ」
「うん」

 乾かすのが面倒だったのか濡れたままの髪は、甲板の芝生にぽたぽたと水滴を落とす。座って足の間を空けてやると、なまえが素直にそこに腰を下ろした。タオルを受け取り、髪を傷めないよう出来るだけ優しく拭いていく。そういやおれも風呂に入りたい。広いなら借りてみるか。こういう時って、恋人が背中を流して任務お疲れ様って労ってくれるもんじゃねェのか。残念ながらおれの恋人は、さっさと一人で風呂に入ってしまったが。彼女の旋毛を見つめて溜息を吐く。

「幸せ逃げちゃうよ、サボ」
「…うるさい」
「あああガシガシしないで!髪が…」
「暴れんな、ルフィ達が起きる」
「ご、ごめんなさい…」
「ん。大体乾いた」
「ありがとう」
「…なァ、お前ら昨夜ロビン達に何を話した?」
「えっ」
「ロビンに笑われたんだが」
「さて髪も乾いたし私はコアラを起こしに」
「言うまで行かせねェよ、何話したんだ。吐け」

 あからさまに目を逸らすのを見て確信する。やっぱりなまえかコアラかが何か言ったに違いない。酒の入った女部屋だ、おれにとって封印したいようなネタを漏らしていてもおかしくない。主にコアラあたりが。

「私は仲間は売らない」
「ほう、それはそれはご立派なことで。…仲間は売らねェって事はコアラが何か言ったんだな」
「(しまった)」
「で、コアラは何を話した」
「………」
「…言いたくなるようにしてやろうか」
「…!!し、知らないほうがいいと思うん…です…けど…」
「言わねェとここでこのまま」
「言います言います押し倒さないで!『サボくんたらなまえの顔見るまで心配で心配で本当に一睡も出来なかったんだから』と申しておりました…」
「…………」
「………」

 よりによってコアラのやつソレを話したのか。口止めしたのに。なまえを押し倒した状態で頭を抱える。たぶんおれは今、あまり人に見られたくない顔色をしていると思う。なんてカッコつかない状況だ。

「なまえ」
「はい(真っ赤だ)」
「…忘れろ」
「もう聞いちゃったし無理」
「くっそ…コアラめ…」

 片手で顔を覆ったところでコアラも起きてきた。ロビン達は部屋で朝の紅茶の時間との事。…この海賊船は毎日、随分優雅な朝を過ごすようだ。指の隙間からコアラを弱々しく睨み上げると、事情を察した彼女は「なまえったらバラしちゃったの?」と言っている。バラしちゃったの、じゃねェよ。そっちこそ何をバラしてくれてんだ。とは言えず。しかしおれの視線で言わんとする事は伝わったらしい。

「本当の事でしょ?」
「ぐっ……」
「さて、私もお風呂借りようっと」

 返す言葉もない。コアラがタオルを借りに再び船内に戻る。自然な流れで風呂の順番までコアラに先を越された。不覚。再び(寝ている奴らを除けば)なまえと二人きり。何となく顔を逸らすと、彼女からぎゅうっと抱きついてくる。

「…何だよ」
「赤いよサボ」
「うるさい、こっち見んな」
「心配かけてごめんなさい、すき」
「……」
「ねえ、すき」
「…知ってるよ」
「すき?」
「ああ、好きだ」

 顔が赤いと茶化してくるなまえと額をくっつける。このタイミングで「すき」ってやっぱりコイツずるくねェか。誰も見ていない今なら、やっとまともにキスが出来る…と唇を寄せた瞬間、

『パシャ』

「……コアラ」
「人様の船の甲板で我らが参謀総長殿の熱愛スクープです!激写しました!ってドラゴンさんに送っておくね」
「頼むからやめてくれ」

 記録用の電伝虫を構えたコアラに激写された。おれは本部の自室以外じゃ恋人にキスすら出来ねェのか。なまえに手を振り、るんるんと電伝虫を胸元にしまいながら、コアラは今度こそ風呂に向かった。

「サボ、もうコアラ居ないけど。しないの?」
「は?……っ…ん、お前」
「そろそろみんな起きるからここまでね」
「……」
「私もロビンさんに朝の紅茶もらおうかな」

 またあとでね、と微笑っておれの髪を細い指が控えめに撫でる。彼女が船内に入った後、おれはさっきとは違った意味で頭を抱える事になった。

「あんなのずるいだろ……くそォ…」
「んァ、よく寝たー!……あれ、サボ何してんだ?頭いてェのか?チョッパーに診てもらうといいぞ」
「ルフィ、おめェにゃ分かんねェしチョッパーには治せねェよ。あれは」
「何でだ!?サンジには分かるのか?」
「ああおれには分かる……あれはきっと…恋の病だ」
「フーンまあ平気ならいいけど」
「鼻ほじんな!」


ーーーーー


「どどどどどどどうしようナミさんロビンさん」
「あらあら、朝からどうしたの。真っ赤よ」
「みんな寝てたとはいえ人前で大胆な事しちゃった!」
「ゆっくり聞くから紅茶でも飲んで落ち着いて」
「何があったのよ」

 紅茶を一気に飲み干し、枕に顔を埋めて転がりながら話すと、ナミさんには呆れられロビンさんには笑われた。

「なによキスくらいで!何事かと思ったじゃない!」
「ひ、引かれたりとか…」
「するわけないわよ、馬鹿ね」

 ぱしんとナミさんに頭をはたかれ、枕を抱き締める。だっていつもはサボにされるがままなのだ、万が一、いや億が一、引かれていたらどうすれば。ふかふかのベッドをごろごろと転がっていると、シャワーを済ませたコアラが部屋へ駆け込むなり私の両肩を掴んで揺らした。

「な、なに、コアラ、落ち着い、て、」
「サボくんが甲板でうずくまって悶えてたけど、なまえ何もされてない!?」
「……」
「なまえ!?」

 されたんじゃないの。しました。
 遠い目でそう言うと、じゃあアレは嬉しさあまって壊れてるだけなのね…と息を吐いたコアラは、私の肩を揺らすのをやめて思いっきり抱き締めてくれた。


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