01
 私は今、とても不思議に思っている事がある。何故こんな校舎裏なんかで女子生徒、しかも3人に呼び出されているのかという事だ。テニス部に関わる事かと思ったが、1年生の頃からマネージャーをやっている私に、今更わざわざつっかかってくるような人間がいるのだろうか。ああ、女の子って怖い。

「あの…」
「単刀直入に聞きますけど」
「はあ」
「越前先輩には、お付き合いしている方がいらっしゃるんですか? その…テニス部とか、に」

 越前先輩。ということは後輩か。そしてやはりテニス部関係か。もう慣れを通り越して呆れる程に浴びせられた質問だ。

「…あー、安心して。テニス部メンバー、ましてやレギュラーと付き合うとか無いし。考えたこともないからさ」

 ぱあっと明るくなる女の子の顔。青春だなあ。そんなにあのテニス部のメンバーが好きなのか。そうか、よかったね。今ならレギュラーは全員フリーだよ。

「付き合ってください!」
「……ん?」

 後輩が青春しているのを小さく頷きながら喜ばしく思っていると、明らかに相手を間違えているであろう言葉が聞こえた。

「相手が違うんじゃない…?」
「越前先輩! この子、本当に越前先輩に憧れてるんです! テニス部にも、先輩のマネージャー姿を見たくて通ってて!」

 隣にいた女の子が、私に告白した女の子の肩に手を添えながら話す。思わず顔が引きつる。可愛い女の子に好かれるのは悪い気はしないが、恋愛として付き合うとなるとまた違う話であって。ああ、どうしよう。正直女の子からの告白は初めてじゃないが、断るといつも泣かれてしまい心苦しいのだ。

「ああ…私「申し訳ございません、お嬢様方。なまえお嬢様には、すでに許婚がいらっしゃいますので…ご期待には添えないでしょう」…佐倉」

 何処からともなく佐倉が現れて私と彼女達の間に入り、そう言い放った。さらに、お嬢様は間もなく部活動のお時間ですので…と付け足す。どうやら逃げる口実を作ってくれたようなので、そういう事なの、と言っておいた。許婚がいるんじゃ敵わないですよね、と切なそうに笑った彼女は、友達と去っていった。

「…これはこれで心苦しいんだけど」
「あ? なんで?」
「だって私、許婚なんていないじゃない」

 悪びれる素振りなどこれっぽっちも見せない、馴れ馴れしい教育係を睨みつける。まーまーいいじゃん! そう言いながら、ぐいぐいと背中を押された。そうだ、部活の時間だったんだ。鞄を取りに教室に戻ろうとして振り返ると、すでに私の鞄を抱えて歩く佐倉の姿があった。



「遅かったな、アーン?」
「あ。景吾」

 部室の近くまで行くと、すでに額に薄く汗を滲ませた景吾がいた…というよりも、待ち伏せされていたようだ。ちらほらと他の部員も戻ってくるのが見えて、外周を走っていたのだと分かった。遅刻は結構する方なので、特に気にせず景吾の隣を通り過ぎようとすると、襟首を掴んで引き戻された。

「遅刻の言い訳くらい聞いてやろうか?」
「…いやー、聞いても別に面白くないと思うのよ…」
「アーン?……てめぇまさか…また女だったのか」
「人聞きの悪い言い方やめてよ…まあ、女の子だったけど」

 溜め息をついた景吾は、私の襟首から手を放した。

「着替えてこい」
「帰っちゃだめ?」
「………んな目で俺様が折れるとでも思ってんのか?…さっさと着替えろ」

 ちぇっ…少し間はあったが折れなかったか。侑士ならしゃあないなぁって逃がしてくれるのに。私を逃がした後に景吾から怒鳴られるのは侑士だけど。

「おい、佐倉」
「何だよ」
「…お前、俺様を前にしてよくそんな態度が取れるもんだな」
「なまえがアレだから麻痺してんじゃねーかな。で、何だよ」
「……なまえの放浪癖と遅刻は何とかならねぇのか」
「無理だな。無理」

 私が着替えを済ませて氷帝ジャージ(※岳人のおさがり)で出てくると、佐倉と景吾がそんな話をしていた。包み隠さないにも程がある。仮にも1人のお嬢様の話をしているとは思えない会話だ。そうぶつぶつと呟きながら近付いていくと、怖い怖い…と言いながら佐倉はそそくさとベンチの方へ逃げていった。

「本当失礼ね」
「お前もだ」

 景吾はコートに入る前に、さっさとドリンクの1杯でも作り始めたらどうだと言いながら髪をぐしゃぐしゃに撫でてきたので、本当に1杯だけ作って置いておいたら、景吾のやや本気の拳骨を食らった。ので、そろそろ真面目に働く事にする。

 なんだかんだで、マネージャーの仕事は楽しい。洗濯もドリンクも、量が多すぎて泣きたくなるが。そんな私の仕事量を見てか、マネージャーというポジションに憧れる人は大勢いても、本気でやりたいと志願してくる者はいなくなったのである。

「重い…今日は特に重いよ……なんでこういう時に佐倉いないの…どうでもいい時ばっかりいて…」

 ぼやきながら洗濯物を運ぶ。これを全て干すことを考えると、毎日やっている事とはいえ辛いものがある。前が見えないほど洗濯物を積み上げたカゴを置けば、見慣れた金色が視界に入った。手早く洗濯物を干し終えて駆け寄ると、そこには予想通り昼寝をしている彼の姿があった。

「ジロー?」
「ん…? なまえの声がする……」

 柔らかそうな髪は、風でふわふわと揺れていた。思わず撫でたくなって右手を伸ばす。ジローは薄く目を開けていたが、その手を払う事なく受け入れた。

「いつから寝てたの?」
「さあねー…跡部、探してた?」
「…いや、今日頭殴られたしよく覚えてないや。探してたかなあ…」
「あはは。また何か変な事したのー?」

 景吾の拳骨を食らった私の頭を、ジローは面白がって撫でている。その力が少し強くて、地味にジンジンして痛くなってきた。

「じろ…痛い…」
「あ……ごめんごめん。だってたんこぶ出来てたC〜…」
「え!」

 乙女の頭に何て事をしてくれるんだ、あのホクロ野郎。部室戻ったらどうしてやろうか。物騒な計画を練り始めた頭を、ジローがいまだにぐりぐりと撫でている。正直頭がもげそうなわけなんだが、ジローが楽しいならまあ良いだろう。

 そんな事より今ふと思ったが、私はジローをコートへ連れて行くべきなのではないだろうか。それがマネージャーの務めなのではないだろうか。…珍しく真面目な考えに至った私だが、何故ジローの腕の中にいて、何故うとうとしているのだろうか。程良い気温とジローの体温とが、とても心地良くて―――。



「あーらら」
「……」
「……」
「寝てらぁ」

 アイスを齧りながら散歩…もといウチのお嬢様探しをしていたら、ジローと一緒に気持ち良さそうに眠るなまえを発見した。こりゃあ俺様何様跡部様に見つかったら、また拳骨モンだ。近くに干されていた洗濯物はよく乾き、カゴは地面に置きっ放しだった。

「…畳むか」

 食べ終わったアイスの棒をなまえの手に握らせ、干しっ放しの洗濯物を畳んでカゴに入れる。

「…っと。忘れるとこだった」

 なまえとジローのサボり現場を携帯のカメラにおさめて……あとは洗濯物を部室に持って帰った後に、跡部にこの場所を教えるだけの簡単なお仕事ってわけよ。


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