04
 授業をすっかりすっぽかしたクザンが休み時間に教室に入ってきた。次の授業のアイスバーグに引き摺るように連れられて非常に面倒くさそうに。あいつ本当にあれでも教師か。ネズミ連れてるアイスバーグもアイスバーグだが。

「ンマー、生徒に授業すっぽかしたこと謝って下さいクザン先生」
「えー…」
「えーじゃないですよ」
「あー、なんだ。その、あれだ、忘れてた。悪いな」

 隠すことなく首からアイマスクをぶら下げたままの、いつも通りの謝り方だ。授業すっぽかすのが日常茶飯事の教師ってのはどうかと思うが、クザンはまともに授業に来ても課題プリントを配ったらアイマスクをかけて寝始める。来ようが来まいが、クザンはまともな授業なんてしない。ふと、クザンは教室の奥へ目をやった。

「あらららら。聞いたよー追試決定したんだって?初っ端の1学期でやってくれるね」

 視線の先へ振り返らなくても、この言葉で充分誰のことだか分かった。1年生の1学期で、しかも赤点でもなく出席率で既に追試が決定したアホな奴なんてこのクラス、いや…学年でたったひとりだろう。なまえ。

「あはは…よよよよくご存知でクザン先生…」
「職員室はその話で持ち切りだから。先生みーんな知ってるよ。よかったな、有名人だ」
「わあ、驚くほどこれっぽっちも嬉しくないです」
「そうか?まーいいや」

 堂々と鼻をほじりながら生徒(しかも女の)と話す教師はどうなんだろうか。おれに対してだったらたぶんおれはクザンに掴みかかるだろう。真剣さえ持っていれば斬りかかりたいところだ(残念ながら今は竹刀しか持ち合わせていない、刀は全て道場の蔵に保管してある)。

「ん、ゾロ今物騒なこと考えただろ。おれには分かるぞ」
「別に考えてねェ」
「あれ?そうなの?殺気さえ感じたんだけどありゃ気のせいか」

 …ばれた。何となく目を逸らすと、クザンも特に気にすることなくなまえへと視線を戻した。

「まったく困った子だな」
「…追試って本当に1,000円するんですか」
「するな。1教科ごとにかかるからもう追試を増やすなよ」
「…はい……」

 振り返らなくともなまえが項垂れたのが分かる。あいつは本当に顔見なくても手に取るように表情が分かるな…分かりやすさだけで言えばルフィ並みだ。

「ああ。そうだおれは優しい先生だから可愛い生徒のなまえに良いことを教えておいてやろう」
「な…なんですか…」

 アイスバーグに掴まれていた襟首も漸く解放されて教室から出て行こうとしたクザンが、自らを自分で優しい先生と称してなまえのほうへ振り向いた。

「なまえの追試決定の件は校長も知ってるよ、瞬く間に広まったからな」

 そんだけ、とヒラヒラ手を振ってクザンが出て行った後、なまえは自分の机に頭を数回打ち付けてから頭を抱え込み唸り始めた。珍しくルフィの奴が動揺しながらなまえの背中を摩ってやっていた。

「ど…どんまい、なまえ」
「…うう…ルフィ…」
「泣くなって、ほら、じいちゃんもたぶん女にゲンコツなんかしねェよ!おれならされるけどなまえは大丈夫だって!な!」

 …あァ、そうか。確か校長のガープはルフィのじいちゃんだったか。だからルフィまであんなに汗をかきながらなまえを慰めているのか。体罰なんかしようものなら親から直ぐさま抗議の電話が来るこのご時世に、校長からの愛の拳と称した手加減ゼロの拳骨でむしろ親から感謝されるような学校は、世界中探してもここぐらいだろう。ましてやここは所謂、問題児クラス。男女問わずクセのある奴が集まったクラスだからな。

「ガープってのはそんなに怖いジジイなのか」

 近くに居た赤髪の奴が話しかけてきた。確か名前はキッド、仮面つけたキラーとかいう奴とよく一緒に居る奴だ。こいつガープを知らねェのか。

「ルフィのじいちゃんだ。ゲンコツが恐ろしく痛いらしい」
「なまえはそれを怖がってんのか。いくらなんでも女は殴らねェだろうに」
「どうだかな」
「…ンマーお前達、いい加減授業始めていいか?」

 すっかり忘れていたがアイスバーグも居たんだった。随分時間は過ぎているが授業を始めるらしい。

「なまえ!!!!!」

 ガラッと窓ガラスが割れそうなほど大きな音を立てて教室の戸が開く。そこには白髪でガタイの良い爺さん…もとい、校長・ガープが居た。登場第一声の通り、目当ては…なまえだ。

「ギャアアアア!ルルルルフィのおじいちゃん!!!」
「学校では校長先生と呼ばんか!!!!」
「すすすすみません校長先生!」
「追試と聞いたぞなまえ!どういうことじゃ!!」
「それは不可抗力というか避けられないアレがソレで」
「言い訳は聞かん!!!」

 ガープが拳を振り上げ、まさか本当に女にも手を上げるのかと思ったが、その拳はなまえが叫んだ一言によって止まった。

「ぎゃあああああごめんなさいごめんなさいごめんなさい死ぬ前にお腹いっぱいオムライスとプリンを食べたかったァアアアア!!!!!!!」


これ私の遺言ね


 教室が静まり返る。ガープの動きは止まったまま。そのままの状態で数秒後、なかなか拳が降って来ないことを不思議に思ったのか、なまえが恐る恐る顔を上げた。ガープはもう拳をといている。

「…あれ」
「最初から素直に反省して謝りゃいいんじゃバカタレが」
「ごっごめんなさい…」

 追試まで点が悪かったら承知せんぞ!と言って嵐のようにガープが去っていた後、あまりの状況にアイスバーグがフリーズしたままでチャイムが鳴った。

「あー…じゃあ…こっからここまで課題にするから次回までにやっておいてくれ」
「えー!30問も!」
「ンマー、そのうちの半分は授業でやるつもりだったとこだ…まったく校長にも困ったもんだ…」


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