05
 4時間目も終わって昼休み。あのジジイが暴れたと聞いて1年生のクラスへと降りて来てみれば、なんで2年生がここにとざわつく廊下。来ちゃ悪ィのかよと心の中で言いながら目的の教室へ。そこにはいまだに青ざめて息切れしている女生徒の背中を摩ってやる我が弟の姿。なるほど、ジジイが暴れたってのは本当らしい。

「よォ、ルフィ」
「あっ!エース!どうしたんだ?」
「いや、ジジイが暴れたって聞いたからよ。野次馬だ」
「そうなのか!聞いてくれよ、じいちゃんがなまえぶっ飛ばすかと思ってヒヤヒヤしたんだぞ、おれは!おかげでしばらくなまえはこの調子なんだ」
「ははっ、あのジジイならやりかねねェからなァ」

 弟・ルフィと少し話してから、まだ震えている女生徒・なまえに目を向ける。いつもの元気はどこへやら、ジジイだけはよっぽど怖いとみえる。話で聞いた通りならさぞかし心臓に悪かっただろう、可哀想に。

「おいなまえ、大丈夫か」
「エー、スせんぱ、」
「あー…よしよし怖かったな」
「殴られるかと思ったぁああ」
「だろうな。ジジイならルフィだろうがなまえだろうが容赦なくやるからな」
「私生きてる?先輩」
「生きてる生きてる。よく頑張ったな、アイス買ってやるよ」
「!ほんと!?」
「ああ、好きなの買ってやる」

 横から、ずるいぞおれにも買ってくれ!って声が聞こえたが聞かなかったことにしておく。ルフィがジジイに殴られるのは日常だが、なまえは違う。可愛い妹のような存在だ、追試というのはアレだが…おれを見るなり抱きついて鼻をぐすぐす鳴らすほど落ち込んでいるなら元気付けてやりたい。アイスひとつでこんなに目を輝かせてやれるなら安いもんだ。

「おいエース!おれは!」
「お前のなんか買わねェよ、小遣いで自分で買え」
「けち!」
「何とでも言え」

 エース先輩すき!と再び抱き付いてくるなまえの頭を撫でながら、実の弟は軽くあしらう。素直に財布の中身を確認したルフィはすぐに項垂れた。どうせメシか漫画か菓子に使ったんだろう。こいつの頭に倹約という文字は無い。そしておれは、ここで甘やかしてアイスを買ってやるほど優しい兄貴でもない。

「さて、お前はアイス買ってやるから追試頑張れよ」
「うっ…はい…」
「ルフィ、お前もし点数足りなくて追試にでもなったらゲンコツの雨が降ることになるからな」
「げ」
「ちゃんと勉強しとけ」

 うぇえと舌を出したルフィの頭にまずはおれから思い切り拳骨を落としておく。なまえの頭をもうひと撫でしていると、舌を噛んだとルフィから大袈裟に痛がりながらの苦情が聞こえた。知るか。

「…」
「おっ」

 ふらりと現れたのはおれよりさらに少し背の高い男。トラファルガー・ローだったか。目付きが悪いだのすごい隈だの家で白熊を飼ってるらしいだの、色んな噂は聞いている。クラスこそ問題児クラスだが成績は良いらしい。そういやこのクラスには見たことがある顔が多い。おれの周りが問題児だらけということなのか。あー怖い怖い。

「…おい」
「ああ悪い、通るのか」

 どうやらなまえの隣の席らしく、おれが立ち塞がってたのが邪魔だったらしい。素直に退けてやると、無言で通り過ぎて席に着き足を組んだ。先輩に対して「おい」とは…確かにこりゃ問題児だ。…後ろに着いてる帽子を被った奴らは少なくとも先輩後輩の意識はあるらしく、スンマセンと小声で言いながら小さく頭を下げてローの後に続いた。

「確かお前ローっていったな」
「……」

 答えもしねェか。まあこっちもこんな態度の奴は見慣れている、無視された程度で顔色を変えるようなことはない(おれを見据える目に軽く殺気が混じっていることも今日は特別に気付かなかったことにしておいてやる)。ちら、とローは一瞬なまえへ視線を向けたが、それは再びおれに戻された。その眉間のシワをさらに深くして。

「…なるほどね」
「……あ?」
「や、こっちの話だ。おれはエース、ルフィの兄貴だ」
「…」
「なまえは妹みたいなもんでな、ルフィ共々よろしく頼むよ」

 妹、という言葉で奴の眉がピクリと反応すれば、もうおれの中の仮説は確信へと変わる。噂が噂なだけにどんな奴かと思っていたら、なかなか可愛げのある奴なのかもしれない。もっとも、あんまり突けば噛み付かれるどころか食い千切られそうだが。

「…トラファルガー・ロー」

 おれから目を逸らすことなく低い声で一言だけ告げられた自己紹介に、ニッと口端を吊り上げて一言だけ返す。

「覚えておく」

 緊張した顔で見ていた帽子の奴らに、邪魔したなと笑いかける。そろそろおれも昼飯を食べたい。自分の教室へ戻ろうと出口へ向かうと、クラスメイトのマルコが壁に寄り掛かって待っていた。

「お前は1年のクラスまで来て何やってんだよい」
「ん?弟と妹とその友達を構ってた」
「…ほどほどにしとけよい」
「…何の話だ?」

 先を歩き始めたマルコにニヤニヤしながら言うと、振り返っておれの顔を見た彼は呆れた顔で首を振った。

「ったくお前は…」
「まあまあマルコ、」


俺の言葉を聞きたまえ


「あ?」
「面白いことを知ったからこれから楽しくなるぜ、ぷくく」
「気持ち悪ィな…何笑ってんだよい」
「ヒマになったらまたルフィの教室行こうぜ」
「…お前がそんな顔してる時はロクなこと考えてねェよい」
「お前失礼だなマルコ」


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