06
 昼休み、麦わら屋の兄貴…ポートガス屋と顔を合わせたが、何やら奴はニヤニヤしながら出て行った。おれはその笑みがこの上なく気に障り、ふとなまえのほうを見た。視線に気付いたなまえがこちらを見て、言った。

「でもほら、私にはローが数学教えてくれるからさ」
「…あ?」
「まーなんとかなるよね」


なんとかなる、でなんでも片付けるな


 さっきまで震え上がっていたくせに、もう隣の席で幸せそうに昼飯を広げているなまえを見て、何故かもやもやとした気持ちになっていた。それは自分がまだ昼飯を食っていないことを思い出したからなのか、なまえの周りに群がる麦わら屋達が煩いせいか、さっきのポートガス屋の顔を思い出したせいか、理由は分からない。理由が分からないことへの苛立ちも手伝って自分でも分かるほどに眉間にシワが寄った。

「キャプテン、またシワが」
「黙れ」
「いい加減メシ食いましょうよ、メシ!昼休み終わっちまう」
「…ああ」

 シャチに買って来させた弁当を開ける。今日の購買の弁当は唐揚げ弁当だ。購買で売っているほとんどはパンばっかりだが、おれのパン嫌いを知っているこいつらは、自分達のパンと一緒に、毎日2〜3種類だけ売られている日替わり弁当の中から適当におれ用に買ってくる(もちろんちゃんと弁当代は払う)。

「でなー、なまえの奴ウチに来た時に階段で転んで」
「ちょっとルフィ!それは皆には言わない約束じゃ」
「悲鳴と音にビビったエースがすっ飛んで来て絆創膏貼ってなー」
「恥ずかしいからもうその話はやめろー!!」
「あの音すごかったわよね…」
「そうそうナミも来てたんだよな、あの時。ナミんちのみかんのお裾分け貰った気がする」
「一瞬であんたが全部食べ切ったけどね」

 隣から聞こえてくる会話に何となく耳が反応する。おれの知らないなまえの話は、耳には新鮮だが不愉快にもなる。何故だ。始終無言で昼飯を済ませたおれに、ペンギンが苦笑しながら声を掛けた。シャチはすでに毎日持参している漫画に夢中になっている。

「食べ終わったなら捨ててくる」
「ああ」
「(そんなに聞きたいなら隣のルフィ達の会話に混ざればいいのに、なんて言ったらきっとボコボコにされるんだろうな)」

 空になった弁当の容器をペンギンに預け、頬杖をついて窓の外を見た。耳だけは相変わらずなまえ達の会話に向けられている、というか、その声をやけにはっきりとこの耳が拾う…気がする。数分そのままで外を眺めていると、そこへ何とも耳障りな声が響いた。響いた、といってもおれとシャチ、ペンギンくらいにしか聞こえないような声量だが。

「トラファルガー」
「…」
「聞こえてんだろテメェ」
「…ちっ」
「舌打ちすんな!お前にひとつ聞きてェことがあるだけだ」

 ユースタス屋、こいつはおそらくこのクラスで一番おれと相性が悪いであろう男だ。出来るだけ面倒事を避けたかったおれは、入学してからのこの1ヶ月強、なるべくこいつと関わらないようにしてきたはずだったのに。喧嘩を売るつもりならもちろん買うが。

「…何だ」
「お前、好きな女が居るだろ」

 漫画越しにチラチラとこちらを伺っていたシャチがブッと噴き出す。ペンギンは午後の授業で提出する予定のプリントを勢いよく真っ二つに破いた。二人とも妙な汗をかいている。そして目の前のユースタス屋は、おれの机に手をついてニヤニヤしながらどうなんだと聞いてくる。好きな女と言われても、おれは正直女に困ったことは無いし、狙った女を手に入れられなかったことも無い。そのおれに今特定の相手が居ないことが答えだ。何故そんなことを聞くのか意味が分からない。

「何を言ってる」
「…?なんだ。テメェ、好きな女は居ねェのか」
「は?」

 おれはてっきり…と呟いた後、頬をぽりぽりと掻き、自分の席へ戻るために振り返った。何なんだこのチューリップ野郎、と心の中で毒づいた時、首だけをこちらへ向けたユースタス屋が言った。

「お前はなまえが好きなのかと思ったんだが」
「………は?」

 弱味に出来るかと思ったのに、とユースタス屋が心底つまらなそうにボソリと呟いたことなどどうでもよかった。ペンギンとシャチが真っ青なこともどうでもいい。今、おれがなまえのことを好きだと思っていたと言ったか、このチューリップ野郎。どこからどう見ればそう見えるのか。こいつまさか頭の中は本当に一面花畑なのか。固まったままユースタス屋の背中を見送っている間に、授業は始まっていた。

(ただ、なまえは麦わら屋達との話に夢中でこっちで自分の名前が出たことになど気付いて居ないということには、何故か少し、安心した)


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