07
 色々と怖い目に遭った1日を終え、今日はナミと一緒にルフィの家へ寄って帰ることになった。私達が遊びに行く時は、だいたいご飯をご馳走になって帰る。もはやこれが目当てとも言えるだろう。エース先輩のご飯は美味しいのだ。ガープ校長(ルフィのおじいちゃん)が作る男の料理感満載の炒飯やラーメンも美味しい。わざわざ言うまでもないがルフィが料理を手伝う姿は見たことがない。おそらく味見以外の作業を手伝ったことはないだろう。

「ルフィはエース先輩にちゃんと私達が来ること伝えてくれたかしら…言っとく言っとく!って言ってたけど…不安」
「あ、それは大丈夫!私からエース先輩に連絡しておいた」
「さすがね、なまえ」
「ルフィ絶対忘れてるから」

 案の定エース先輩は私達が来ることなど知らなかった。真っ先に帰っていったルフィはきっと、彼なりに部屋の片付けをして待っていることだろう(床に散らばったゲームや漫画なんかを端に寄せる程度だけど)。それでもやっぱりいつも通りエース先輩からは、女の子を呼ぶのはいいが汚ェ部屋に通すなっつってんだろ!と拳骨を食らうのだろう。

「ルーフィーー!!」
「毎回言うけどあんたインターホンくらい使いなさいよ」

 ルフィの家に着いて大声でルフィを呼ぶ。ナミにも毎回指摘されるが、インターホンは使わない。ウソップやゾロやサンジが一緒の時にも、いやインターホン使えよ、とビシッとツッコミを入れられる。それでも使わない。どうせこうすればルフィはすぐに2階のあの窓から、

「おお!なまえ、ナミ!開いてるから上がれよ!」

 …と、顔を出すのだから。遠慮なく家へ上がり、お邪魔しますと言うと、階段を降りてきたルフィが、おう!と答えた。早く来いと言わんばかりにルフィが腕を引っ張るけれど、ナミと私は玄関で脱いだ靴を揃えることは忘れない。ついでに、玄関の隅で引っくり返っているルフィの靴も揃えてやる(どれだけ慌てて脱げばこんな所まで靴が飛ぶのか)。

「悪ィな、エースまだ帰って来ねェからメシまだなんだ!」
「エース先輩これから買い物して帰るって言ってたよ」
「なんでなまえが知ってんだ!?」
「あんた、またエース先輩に連絡するの忘れたでしょ。なまえが連絡して聞いてくれたのよ」
「あー!!そうだった!メールすんの忘れてたァ!!」

 ルフィの部屋へ入ると、やはり予想していた通りの光景。端に寄せられただけのゲームや漫画達。ナミと顔を合わせて軽く溜息を吐くが、座れそうなスペースを見つけてそれぞれ腰を下ろした。ルフィとナミはすでに何やら言い合いながらゲームで対戦を始めている。明日学校で食べるおやつを賭けたようで、ルフィは単純におやつのため、ナミはおやつ代を浮かせるために本気の目をしている。

「いいの?ルフィ。明日奢ってもらうことになるわよ」
「何言ってんだ、ナミ!お前こそ明日小遣い無くなることになるぞ!覚悟しとけ!」
「寝言は寝て言いなさい」

 …ルフィはナミに勝てるとでも思っているのだろうか。決してゲームが得意とは言えない私とやれば五分の対戦になるが、ゲームの腕だけでなく頭も良いナミが相手ではルフィに勝機は無い。ぎゃあぎゃあ騒ぎながら余裕の表情のナミ相手に必死に攻撃し続けるルフィを眺めつつ、私は自分の周りの漫画達に手を伸ばす。1冊ずつ手に取り巻数順に並べて、中身がすっかり無くなっている本棚へと戻していく。ルフィは本棚から出して読んだらその辺に放り投げるので、本棚はほとんど意味を成さない。

「ん、メール」

 早くも1勝を上げたナミとハイタッチをした後、ナミに3本勝負にしろと言い出すルフィに呆れた顔をして、メールを開く。エース先輩からのメールだった。

『何か甘い物とかお菓子とか要るか?家にある分はルフィが全部食っちまってるだろうから、買ってくけど』

 相変わらず優しいお兄さんだ。ルフィが今まさに目の前で、エース先輩が買い置きしておいたであろうスナック菓子を3袋平らげたことも、お見通しだ。メールを打とうとしたが、もう買い物中だったら電話のほうが早いと思い、最近の履歴からエース先輩の電話番号を探して電話をかける。本棚に漫画を戻す作業は続けながら。

『おう、なまえか』
「うん、もうお家にお邪魔してます!お菓子はお気遣いなく。いつもたくさんもらってばかりだからお菓子持参してる」
『なんだ、ほとんど食ってんのはルフィなんだからそっちこそ気ィ遣わなくていいのに。適当に買ってくぞ』
「あはは、すでにルフィお菓子何袋か開けてる」
『だろうなァ、どこに隠しても見つけやがる。ケーキ食うか?』
「っ食べる!」
『お気遣いなくって言ったわりには素直だな』
「はっ…いやその」
『はは、買ってく。ナミも一緒なんだよな。もうお前らの食いモンの好み覚えたぞ、おれは』
「…いつも皆で大変お世話になっております」
『いいって。今日カレーな。材料買ったら帰る』
「ご馳走になります、待ってるね先輩」
『ん』

 電話を終えてルフィ達に向き直ると、携帯から漏れた会話が聞こえていたであろうルフィが涎を垂らしていた。汚いなァとティッシュを数枚取って押し付ける。

「今日カレーか!エースのカレーすんげーうめェんだぞ!」
「知ってるよ」
「私もなまえも何度もご馳走になってるもんね」
「そういえばナミ、エース先輩がケーキ買ってきてくれるって」
「ケーキ?嬉しい!あとでお礼言わないとね」

 4袋目のスナック菓子を全てザラザラと口の中へ流し込んで気合いを入れたルフィは、ナミとの3本勝負に善戦したが敗れ、明日のおやつを奢ることになった。ナミは途中寄ったカフェでテイクアウトしたコーヒーを飲みながら、私に勝てると思ったの?バカね、とルフィを見て楽しそうに笑った。

「ただいま」
「あ、エースだ!!おかえりエース!!早くメシ!カレー!」
「わーったから静かにしろ!」

 ドアが開く音とともに聞き慣れた声。エース先輩が帰ってきた。ルフィは走って部屋を出て階段を降りていく。エース先輩が買った材料をがさがさと袋から出す音が聞こえて、私達も荷物を持って部屋を出る(その前に、ナミはゲームのコンセントを抜いてテレビを消し、私はルフィが食べ散らかしたスナック菓子の袋をゴミ箱に捨てることを忘れない)。

「もうおれ腹減って死にそうなんだぞエース!」
「(おれのポテチ食い尽くしておいてよく言う)お前今日は珍しく靴揃えたんだな」
「えっ」
「…エース先輩、それはさっきなまえが」
「うん、私が」
「……ルフィ」

 ルフィがエース先輩にフローリングの床に正座させられて頭に大きなたんこぶを作られている間に、私はナミと2人で材料の野菜を洗ったり鍋を出しておいたりする。もう何度もご馳走になっているので、手伝ったり後片付けをしたりはいつものことだ(サンジが一緒の時には主にサンジが料理の手伝いをしたり、エースの邪魔にならないよう器用にスペースを取ってデザートを作ったりしている)。最初はナミが手伝いをする姿なんて想像出来なかったが、お世話になってるんだもの当然よ、と言われて彼女を見直した。

「いつも悪いな、お前ら客なのに。準備しといてくれたのか」
「これぐらいは当然よ」
「エース先輩着替えてきたら?野菜切っておくし」
「…お前らの言葉をルフィに聞かせたい。お前らみたいな妹がおれは欲しかった」

 涙目になりながら着替えるために部屋に向かったエース先輩の背中を見送り、ナミが野菜の皮を剥き、私がそれを切り始める。その間ルフィはバラエティ番組を見ながら腹を抱えて笑っている。毎日エース先輩が感じているであろう気持ちが少し分かった。

「エース先輩戻ってこないわね」
「炒めておこうか」
「じゃあお米といでおくわ」

 私は材料を大きな鍋で炒め、ナミは物凄い量のお米をとぐ。もうこの家のいつもの食事の量は把握しているけれど、それでも驚く。そこへドタドタと慌ただしく階段を下りてきたエース先輩が、ルフィの頭をガッシリと掴む。

「どうせお前は散らかしっぱなしの部屋へなまえ達を通したんだとばかり思ってお前の部屋を見たら…どういうことだルフィ」
「なにが」
「…部屋がきれいだった」

 信じられない物を見る顔でルフィの頭を掴むエース先輩だが、信じられない顔をしているのはルフィも同じだ。あれでもルフィなりには片付けたつもりだろうが、普段はエース先輩にもっと片付けろと殴られている。

「あ!まさかお前また」
「エース先輩、それもさっきなまえと私が(9割はなまえが片付けたけど)」
「うん、気になったから」
「お前は……毎度毎度なまえ達に片付けさせて恥ずかしくねェのか!!!!」
「いでーいでー!!!ごべんなばいごべんなばい!!!」

 ルフィを羽交い締めにして一通り説教したエース先輩は、ようやく私達が材料を炒めながら炊飯スイッチも入れていることに気付く。何度も謝りながらエース先輩は、私達にジュースを出してくれた。

「お前達ホント悪いな…もうゆっくり座っててくれ…」
「お疲れ様エース先輩」
「ルフィの子守は大変ね」

 私から引き継ぎで鍋の材料を炒めているエース先輩はまるで、

「エース先輩お母さんみたいだね」
「………」


こげてるこげてる


「エース先輩!ちょっとじゃがいも焦げてる!」
「っああ…あぶね…(思わずフリーズしちまった)」
「(なまえは心の声をポロッと言っちゃうから困るわ)」


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