08
 今日もダラけきった生徒指導をするために校門前でアイマスク常備で待機するおれは、さっきから挨拶もせずに目の前を通り過ぎて門を通っていく生徒達が居るが特に叱ったりはしない。面倒だからだ。短いスカートの女子生徒も叱らない。面倒だしおれ的には何の問題も無いからだ。金髪や緑髪や赤髪や仮面装備の男子生徒も叱らない。面倒だしおれ的にどうでもいいからだ。しかし、目の前の教師に挨拶もせず通過するというのは確かに指導が必要だと思う。だから誰かおれの代わりにやっといてくれ。

「おはようございます」
「おう」

 ちゃんと挨拶してくる落ち着いた生徒も居るんだがな…問題児達はどうも………おっと。

「あららら…なまえ…ちょっと待ちなさいよ」
「えっあ!?何ですかクザンせんせ遅刻じゃないですよね!!ギリギリ遅刻じゃないですよね!!あっ挨拶ですか!?おはようございます!」
「あーうんおはよ…いや挨拶もだけど挨拶じゃなくてさ…お前家出る時自分でおかしいと思わなかったのか」
「えっ」
「スウェットのままだぞ」
「え゛っ」


タイム!ちょ、まじ待って!


「なんで!??」
「んーそれはおれが聞きたい」
「えっちょっ帰って制服に着替えてくる!!!」
「そうしろ」

 ばたばたと走り去るなまえ。カバン持ってローファーも履いてるのに何故制服だけ着忘れているのか。確かになまえは遅刻ギリギリだったしおれと話している間にチャイムが鳴り終わったが(着替えて戻って来る頃にはもう授業は始まっているだろう)。おれももう職員室に戻っていいだろうかと思いながら、少し伸びをして立ちっぱなしだった体をほぐしていると、両手にパンを大量に抱え口にもパンをくわえた女子生徒が走って来るのが見えた。

「おあおーおあいあふうあんへんへー」
「ボニー…お前といいなまえといい朝飯を食べながら登校するのはやめろ」
「(もぐもぐごくん)そういやなまえとさっきすれ違った」
「ああ、着替えるために帰ってった」
「あー、確かに制服じゃなかった気がする。じゃあウチなまえの家行ってくる」
「こらこら授業に出なさいよ」
「どうせ遅刻だからなまえと一緒に戻ってくることに決めた」
「決めたってお前」
「んじゃー先生またあとで!(もぐもぐ)」
「……」

 普通は引き止めて教室に行かせるべきなんだろうが、それは面倒なのでおれは普通の教師じゃなくていい。頭をボリボリ掻きながら職員室に戻る。今日もダルい。午後まではおれの授業は無い、天気もいい。そうだ、ダルいから屋上で寝ちまうか。

「どこへ行くつもりじゃ」
「あらららら…校長(意外と早く見つかっちゃった)」
「昼寝か?わしも行く」
「わしもってアンタ…校長なのに…」
「美味いと評判の店の煎餅詰め合わせをおつるちゃんから貰ってな、天気もいいから屋上で食べようと思った。…どうした、暇なんじゃろ。ちょっと付き合え」

 アンタ校長なのにそれでいいのかという言葉が口から出かけたが、拳骨は食らいたくないので出さずに飲み込んだ。断っても拳骨だろうし、タダで人気店の煎餅が食べられるのならもうそれでいい。煎餅の詰め合わせ袋を片手に鼻をほじりながら歩く校長に続いて、屋上へ向かう。階段を上り切って外へ出て、屋上からの景色を見下ろすと、まさにボニーとなまえが登校してくるところだった。のんびりと、今度は2人してパンを頬張りながら。

「こらァア!お前達!!遅刻じゃ!!!走らんか!!!!それと買い食いは禁止しとるじゃろうが!!!校則違反じゃ!!」
「ひえっ!?ぎゃああおおおおじいちゃん!!!」
「じいちゃん?ああ、ルフィのか」
「学校では校長先生と呼べと何度言えば分かるんじゃ!!!」
「ごめんなさい校長先生ごめんなさいごめんなさいぃい!!」
「あっおい待てよなまえ!ウチを置いていくな!」
「この不良娘共がァ!!さっさと授業へ行かんか!!」

 今度こそ制服で登校したなまえは、ボニーを置いて全速力で校舎へ入っていった。ボニーも慌ててその後を追うが、途中腕から転がり落ちた菓子パンはキッチリと回収していた。

「まったく!ルフィも今日は寝坊しかけとったからな…」
「増えましたねェ、生徒の夜更かし」
「昨日はなまえとナミが遊びに来てルフィをボロボロに負かしておったわい、ゲームとやらで」
「ゲームねェ…」
「家では孫同様に可愛がってもここは学校、わしゃ誰が相手でも教育面で手抜きはせんぞ」
「授業中に仕事もせずに屋上で煎餅バリバリ食いながら言われても説得力無いですよ校ちょブッ」
「黙らんかクザン!」
「理不尽だなァ、もう……まあいいや」

 差し出された煎餅をありがたくいただきながら、冷たい緑茶でも欲しいなとぼんやり思う。

「…校長」
「何じゃ」
「仕事…無いんですか」
「…名前書いて判子押すくらい煎餅食った後でも出来るわい」
「あるんですねブフッ」
「煎餅を口に含んだまま喋るな!行儀の悪い!!」
「いてて…本当理不尽だな…」

 ガンガンと脳内に響き続けるような拳骨を食らい、痛みを和らげようと手で摩る。校長は一通り全種類の煎餅に手をつけて満足したらしく、袋を閉じた。同時に校長の携帯の着信音が鳴り響く。相手を確認した瞬間、ゲッ!と声を上げそうな顔をして、電話には出ずに携帯をポケットへしまった。

「出なくていいんですか?何なら席を外しますよ」
「…いや、サカズキじゃ…どうせどこに居るとか仕事しろとかいうつまらん電話だろう」
「つまらんって…出ないと尚更後が酷そうだ」
「ええい!仕方ない…戻るか…」

 校長が(また鼻をほじりながら)渋々立ち上がり屋上を出るのを見届けて、寝転がる。やっと予定通り昼寝が出来る。そしてアイマスクをかけて数秒後。

「ぐっ…」
「お前も来るんじゃクザン!!わしだけ戻るなんて不公平じゃろォが!!!」
「………歩きます、自分で歩けますから校長」

 腹に拳を落とされ、起き上がる時間さえも与えられずに校長に襟首を掴まれる。大の大人が廊下を引き摺られながら移動する姿を見て、すれ違った何人かの同僚がおれに哀れんだような視線を向けた。

「ンマー、今度は何したんですクザン先生」
「あー、いや、別に何も」
「(サボってたんだろうな)」


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