えーと、俺……何かしたっけ。

「なまえ」
「幽のばーか。ばか!」
「………」

 彼女の様子がおかしい。せっかくのオフで1日中一緒にいられるというのに、いつものように抱きついたりしてこない。むすっとした表情で窓の方を向き、体育座りしたまま動かないのだ。その様子を、俺はソファの上から眺めている……という状況のまま、もう2時間は経っていた。

「なまえ、床に座ってると腰冷やすよ」
「いいもん」
「……よくない」

 仕方なくなまえの肩に毛布だけ掛けてソファへ戻ると、テーブル脇に見覚えのない化粧品が数点。よく考えたら、いつも家ではすっぴんのなまえが、俺が帰ってきて抱きしめたときにもメイクしてた気がする。……ああ、そういうことか。

「なまえ、メイク変えたの?」

 ぱあっと表情を明るくして、さっきまでとは別人のような笑顔で飛びついてくるなまえの髪を撫でながら、よかった当たってた…と安堵する。これが兄さんだったらきっと、目の前に化粧品を並べて見せられたって気付かないだろう。

「言ってくれればいいのに」
「自分で言っちゃ意味ないの!」
「……そうなんだ」

 女の子って難しい。少し頬を膨らませて言うなまえに、ちゅっと音を立ててキスをして、半分以上落ちてしまった口紅と、自分の唇に付いたそれを拭う。そしてもう一度一瞬触れるだけのキスをしてから、彼女の耳元で囁いた。


 口紅なんてすぐ落ちちゃうのに


「……幽の意地悪」
「俺、意地悪した覚えはないんだけどな」


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