別荘で過ごす朝、起きたら隣になまえがいなかった。絶対に俺様の傍を離れるなと言い、しっかり抱きしめて眠ったにも係わらず、細身のなまえはこの腕を擦り抜けていた。俺様の言い付けを守らなかったなまえと、彼女がいなくなった事に気付かなかった自分に小さく舌打ちをする。

「どこ行きやがった、アイツ」

 朝の冷えた空気の中、まだ薄暗い別荘を1人歩き回る。ったく……俺様がいないとすぐに迷子になるくせに、なんでまた1人で出ていきやがった。あの馬鹿。

 しばらく歩くと、掃除をしていたメイドからなまえを見かけたとの情報を得た。なんでも、庭に迷い込んできた子犬とじゃれていたとかで、少し遊んだら戻ると言って走っていったらしい。……庭も広いから、探すとなれば大変だ。あんまり走ってうちの敷地から出ちまってなけりゃいいが。

「おいで、ポチ!」
「…………」

 考えを巡らせながら歩いていたら、見慣れた背中をあっさり見つけた。ついさっき会ったばかりらしい子犬に、もう名前をつけてやがる。まさか飼うつもりじゃねぇだろうな。家はマンションだから自宅じゃ飼えないくせに、どうする気だ。

「どういうネーミングセンスだお前」
「あ、景吾」
「勝手に俺様の傍を離れんな」

 顔を寄せてキスをして、ぼんやりしているなまえの腕から子犬を取り上げる。コイツ雑種だな。子犬は特に暴れもせずに、じっとしている。ある程度の躾がされているのか、もともと大人しいのか。首輪はないから、誰かの飼い犬ではないようだ。

「景吾、ポチを返して」
「……あのな、まだお前の犬じゃ…」
「飼う。飼うの! ポチ!」
「…分かったよ」

 涙目で見られては断れず、子犬をなまえに返してやれば、嬉しそうに笑って子犬に頬擦りをする。

「そんなに欲しいのか、その犬」
「だって可愛いもん。……まあ、うちマンションだけど」
「……飼ってやってもいいぜ」
「へ?」
「飼ってやるよ、ポチ」

 再び子犬を取り上げて言うと、意味が分からないと言わんばかりに下がる眉。子犬をゆっくりと撫でながら、俺様の誕生日プレゼントだと言うと、そんなのおかしいよ! と大きな声を上げる。

「うるさい」
「だって景吾の誕生日なのに! 私がプレゼントされるのはおかしいじゃない」
「アーン? 勘違いすんなよ、なまえ」
「へ?」
「お前にこの犬をやるんじゃなくて、俺が飼うんだよ。うちでな」

 そうすりゃお前は子犬に会いたくなったらうちに来ればいいし、お前の嬉しそうな顔見りゃ俺も安心する、それでいいじゃねぇか。
 そう言ってやると、なまえは顔をぶわっと真っ赤にした後、ふわりと笑った。この笑顔を見ていられるなら、子犬の1匹や2匹や100匹……いくらでも飼ってやろうじゃねーの。



「景吾。名前はポチだからね」
「アーン? ジョンだろ」
「ポチだよ! さあ言ってみなさい」
「………ポチ」
「ぷっ……景吾がポチって」
「閉め出すぞお前」


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