私の彼氏は、学校一の人気を誇る男だ。その上お金持ちとくればモテないはずもなく、常に女の子が群がっている。今日は特に分厚くなっている女子の壁。それもそのはず、今日はバレンタインなのだから。

 他のテニス部員たちも、下駄箱や机、教室のロッカーや部室前の部員専用の下駄箱にまで、プレゼントがギッシリだった。目の前の私の彼がそうであるように、他の皆も今頃はチョコや女の子に埋もれていることだろう。

「跡部くん、私のをもらって!」
「うるさいわね、私のが先よ!」

 そんな女の子たちを押し退けて「邪魔だ」などと吐き捨てながら、彼は歩いている。見慣れた光景ながら、複雑な気分だ。ひとつもプレゼントを受け取っていない姿を見る限りでは、安心はしているけれど。

 そして私は今、悩んでいる。……何も用意していないのだ。チョコも何も、作っても買ってもいない。市販品を買うとすれば彼を相手に安物を買うわけにはいかないと思ったし、作ったとしても彼の口に合うかどうかが不安だった。
 悩みに悩んだ結果、手ぶらな今に至る。

「……どうしようかな、今日」
「何してんだ、なまえ」

 振り向くと宍戸の姿があった。持っているバッグが全く膨れていないので、彼もまた受け取らずに断っているのだろう。

「んー……景吾にさ、何も用意してないの」
「跡部に? いいのかよ、彼女だろ」
「悩んだんだよ。でも何がいいか思い付かなくて……結局何もしてない」

 苦笑すると、宍戸は溜息を吐いて私の肩を軽く叩いた。

「……ま、跡部はお前が一番欲しいんだろうけどな」
「へ?」
「いや、何でもねぇよ。でも、何かしらしてやれよ」

 今日の部活の練習メニューの量は、跡部の機嫌で決まりそうだからな――そう言い残して、彼は教室へと向かっていった。

 こうして私が頭を悩ませている間にも、いつも通りに授業が始まって、あっという間に放課後になってしまっていた。



「……景吾」

 もう誰も居なくなった教室で、引き続き悩みながら机に突っ伏していると、こつんと軽く頭を小突かれた。恐る恐る見上げた先には、今日1日避けてしまった彼の顔。何となく目を逸らすと、長い指に顎を掬われた。

「目を逸らすな」
「だ、だって……」

 近い! と景吾の肩を押すが、離れてくれそうにはない。諦めて彼の目を見つめ返すと、少し切なそうな目をしていた。

「お前、今日は俺様を避けてるだろ」
「……う」
「どういうつもりだ。アーン?」

 さらに顔を近付けて言うので、思わず目をぎゅっと閉じて俯いてしまう。そしてそのまま、正直に話した。

「……チョコ…」
「ああ?」
「なんだか、迷っちゃって……結局用意してなかったんだもん」

 それを聞いた景吾は溜息を吐き、手を離した。はっとして顔を上げると、すぐに唇に何かが触れる。それが景吾の唇だと理解するまで、少し時間がかかった。頬に手を添えて優しく落とされたキスの後、口の中にとろりと甘い味が広がる。

「こ、れ」
「んな事だろうと思った」
「チョコ」
「……仕方ねぇから、今年は俺様からくれてやる。ありがたく思えよ」
「………じゃあ、」
「ん?」
「ホワイトデーには、私がお返しするの? 景吾に」

 バレンタインに男子からチョコをもらうという初めての経験に少し混乱しながら、景吾に問いかける。彼は軽く鼻で笑うと、私の耳元で囁いた。

「それなら、今もらう」

 すぐには意味を理解できないまま顔が熱くなるのだけを感じていると、もう何度目かなんて数えるのも忘れるほどのキスが降ってきた。
 やっとそれが止んだかと思うと、景吾は私の目を真っ直ぐに見て言った。

「ありがとよ、“お返し”」
「なっ……だって、キスしただけだけど…」
「アーン? 充分だ」

 ぎゅっと抱きしめられると、景吾の体温でゆるゆると緊張が解けていく。私からもしっかりと抱きつくと、機嫌良さげに彼が笑った気配がした。

 余談だけれど、今日の練習メニューは普段より少し軽めだったようなので、宍戸が朝言っていた言葉の意味が少しだけ分かった。


 Happy Valentine!
 俺様が欲しいのはいつだって、お前だけなんだぜ?


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