「けほっ、……はぁ」

 部屋に響くのは、さっきから止まらなくなってしまった咳。どうやら風邪を引いたらしい。夜中から朝までクーラーを付けっぱなしで寝たのが祟ったか。頭もぐらついて、ぼんやりしてしまう。朝測ったときは、熱は39度近くだった。
 隣の家に来た郵便配達のバイクが止まる音も、頭の奥までガンガンと響く。あぁ、せっかくの夏休み初日なのに。早速風邪で寝込むことになるとは。

「あか、や……」

 呟いたのは、彼の名前。風邪で弱っているせいだろうか、赤也に逢いたくて堪らない。抱きしめてほしくて堪らない。枕元にある携帯を取り、慣れた手つきで赤也の連絡先を選んで文字を打ち込む。

[赤也、かぜひいた。]

 一言だけのメール。すぐに返ってくると思っていた返事は、しばらく待ってみても何も返ってこなかった。そういえば赤也には部活があるし、この時間帯に携帯を開けるわけがないか。諦めて携帯を置き、眠ろうとしたそのとき――。

「っ、なまえ!」

 ばたんと凄まじい音と勢いでドアを開けて現れたのは、今一番逢いたかった赤也だった。思わずベッドから飛び起きて、問いかける。

「赤也? 部活は…?」
「バカ、あんな弱々しいメール寄越されて部活なんかやってられっか! いいから寝てろ」

 そう言ってベッドへ押し戻され、布団を肩まで掛けられる。相当急いで来てくれたのだろう、レギュラージャージのままで、額には薄く汗が滲んでいた。

「あ、これ……何か食えるか? よくわかんねーけどゼリーとか、熱あっても食えそうなの買ってきたけどよ」
「えっ」

 彼が提げていたコンビニの袋の中には、大量のゼリーやヨーグルト、アイスなど、食べやすそうな冷たいものが入っていた。朝から起き上がるのも億劫で食べていなかっただけで、ちょうどお腹も空いている。

「じゃあ、ゼリー食べてもいい?」
「ああ」
「ありがとう、赤也」

 赤也がふたを開けてくれたゼリーを受け取ろうと、お礼を言いながら手を伸ばす。するとゼリーはひょいっと逃げた。

「赤也?」
「食わしてやるよ」
「えっ、ちょ…」
「ん。あーん」

 スプーンでゼリーを掬い、口元へ運ばれる。恥ずかしいながらも小さく口を開けると、つるりとゼリーが入ってきた。ひんやりしておいしい。赤也が満足そうに微笑んだ。

「……よし、あとは薬だな。一応、風邪薬も買ってきたからよ」
「本当? ありがとう………えっ」

 お礼を言うと、水を片手に持った赤也の顔が近づいてくる。

「薬、飲ましてやるよ。なまえ」
「……っ、遠慮します!」

 ニヤリと妖しく笑う赤也から水を奪い、ぺちんと何とも情けない音で赤也の頬を張って距離を取る。自分で薬を飲んでから赤也を見ると、彼は頬を擦りながらふて腐れていた。

「ちぇ……口移し嫌い? お前」
「……赤也に風邪うつったら困るじゃない。部活もあるのに」
「……」
「ちょっ、!」

 今度は防ぐ間もなく、頬にキスをされた。さらに熱が上がってしまいそうな午後。


 右頬をぶって左頬にキスマーク


「赤也がキスしてくれたとこ、熱い」
「なまえが殴ったとこ、赤い」
「「……ごめん」」


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