「何やねん! さっきから――」
「え?」

 ふと顔を上げて手前のコートを見ると、謙也先輩が光に何か言っていた。見たところ、注意をしているようだ。確かに今日の光は練習に集中できていないみたいで、いつもの光なら目を瞑ってでも返せるような緩い球でも空振りしたり、アウトになったりしていた。中でも特に酷かったのは、球が飛んできているのに気付いておらずスルーしたとき。

「……休憩挟んでええですか」
「まあ、これじゃ練習にならんしなぁ……ええで」
「すんません」

 こちらへ向かって歩いてくる光に、タオルとドリンクを渡す。それを無言で受け取った光は、ベンチ脇にラケットを立て掛けて汗を拭き、ドリンクを一気に飲み干した。なんだか今日はぼんやりとしている。

「なんや、光」
「は?」
「今日えらい調子悪いなあ」
「……ほっとけや」
「そうもいかんやろ、私マネージャーやし。双子やし」
「……」

 少し顔を下げて溜息を吐き、光がぼそっと呟いた。

「集中出来へんのや」
「え?」
「やる気出ぇへん……」
「なんやそれ」
「知らんわ」

 どうやら今日は集中できない日らしい。集中しなきゃいけないことは、きっと頭では分かっている。ただ、ぼんやりしてどうにもならない……ということか。こうして話を聞いてやったところで、私には原因は分からない。

「よう分からんなあ」
「……せやろ」
「あ。師範に百八式で思いっきり喝入れてもろたら、治るんちゃうか」
「しばくで」

 真顔で会話していると、蔵ノ介先輩がこちらへ来た。

「なんや財前、調子悪いん?」
「蔵ノ介先輩」
「謙也に聞いたで。あんまり酷いんやったら、無理せんと今日はもうあがってもええで?」
「……あの」

 光がゆっくりと顔を上げ、蔵ノ介先輩へ話しかけた。……その手にはラケットが。

「そこのコート使ってええですか」
「? ええで?」
「なまえ、行くで」
「へ、え?」

 光の予備のラケットを渡されて腕を引かれ、気付けばコートの上に立っていた。さっきまで私と光が座っていたベンチには、いつの間にか蔵ノ介先輩や金ちゃんたちが集まって座っている。

「なんや、なんやー? 白石、あいつら試合やるんかー!?」
「…ラリーやろ? ちゃんとした試合ではないと思うで」

 光がボールを何度か弾ませ、私の方へと声をかける。

「いくで」
「ええよー!」

 ドスッと重みのあるサーブは、私が打つサーブとは比べ物にならない。やっぱり男女の腕力の差というものもあるのか。私ももっともっと練習せな、光とのラリーすら出来んようになるな……。

「なんや、調子ええやんか」
「……阿呆。さっきはほんまに打てへんかったんや」

 しばらくラリーを続けるが、やっぱり光の調子は悪くない。さっきまでの光は何だったんだろう。ベンチを横目で窺うと、謙也先輩が目を見開いて驚いていた。

「あいつ調子ええやないか! 俺とのとき手ぇ抜いとったんか?」
「……いや、相手がなまえやから」
「は?」
「双子の力って奴やろ? ……まあ、とりあえずなまえに感謝やな。財前のテンション戻ったみたいやし」
「……は??」

 よく分かっていない謙也先輩をベンチに残し、蔵ノ介先輩はコートへと歩いてきて、私たちのラリーを止めた。

「ほら、終いや」
「え?」
「部活。今日はここまでや」

 時計を見ると、確かに今日の部活が終わる時間だった。光の方へ顔を向けると、彼は私のすぐ目の前にいた。

「わ、光!」
「……なまえ」


 やっぱお前が落ち着くわ


「落ち着く? 何やいきなり」
「……別に」
「? なんや、変な光」


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