べんきょうを、おしえてください。自習の教室の中、片言なセリフで俺に頭を下げてきたのは、なまえだ。お前敬語なんて生まれて初めて使ったんじゃねぇの? と聞きたくなるほどの片言加減。そして俺の机に広げられた、赤字だらけの問題集。あまりの赤さに、最初から答えを丸写ししただけなのではと思えるが、器用なことに確かに1問1問全て間違えていて、赤字で訂正されている。ここまでくるとむしろ清々しい。

「……あのな。俺今から阿部に今日の部活について話が」
「お願い、梓ちゃん」
「殴っぞ」
「ごめんなさい花井くん」

 下の名前を呼ばれんのは好きじゃない。例え相手がこいつでも、それは同じ。しかもこいつは「ちゃん」付けて下の名前で呼ぶから、余計にムカつくんだよな。この前の席替えで隣になった水谷が、今のを聞いていたらしく笑いを堪えてんのが見え見えだ。それもムカつく。……けどまあ、自習っつっても暇だしな。

「……どこ」
「え?」
「どこが分かんねーのって聞いてんだよ!」
「教えてくれるの?」
「……おー、」

 今振り向いてみたら阿部寝てたし、阿部が起きるまでは教えてやるか。とか思ってたけど考えが甘すぎた。何考えてんだよ数秒前の俺。出された問題集は1冊だけだったから、1教科だけだと思ってた。次から次へと問題集が広げられていく。最終的に出されたのは5冊。メイン5教科全部ってことかよ! なまえってこんな馬鹿だったか?

「待て。これ全教科じゃないよな」
「全部……って言ったら?」
「……阿部にでも習え」
「えっ…隆也に聞いたら絶対怒鳴られて終わりだよ!」

 だろうな。なまえに勉強を教えるには根気が要る。阿部なら青筋クッキリ浮かべて、思わず手が出るほどにイライラすることだろう。
 仕方ねーな、とりあえず基礎から教えてやるしかないか。まず選んだのは面倒そうな数学。俺の手が数学の問題集に伸びた瞬間「うえっ…数学……」って呟いたのは、特別に聞こえなかったことにしてやる。なんて寛大な俺。

「んで? どれが分かんねーの」
「これと、これと……これと、こ」
「あー、全部な! よくわかったよ!」

 ひとつひとつ公式から何から教えてやるけど、早くもなまえの目が泳ぎ始める。もう容量オーバーか。こいつ田島や三橋並みに勉強ダメだな。そう判断した俺は、ルーズリーフにテスト範囲内の公式を一通り書いて、これを全部覚えりゃ半分の50点くらいはいくだろ、と渡してやった。
 なんで俺こんな細かく教えてやってんだろ。なまえはなまえで、すでに眠そうだし。

「起 き ろ な」
「……ぅあ、はい!」
「…次、国語な」

 ぐらぐら揺れている頭を両手で掴んで起こす。国語の問題集のページを開き直すと、数字だらけの文面から漢字だらけの文面に変わって目がチカチカする。そういや次のテスト範囲って漢文入るんだったな。まずは自力で解いてみろと問題集を向けると、なまえがそーっと手を挙げる。

「あの、花井先生」
「んだよ」
「漢字が読めま、せん」
「………」

 こいつ授業聞いてねーのか!? 読み方くらい、先生が読んでるの聞いて振り仮名書いとけよ。仕方なく自分の問題集を引っ張り出して、振り仮名書き写しとけ、と差し出す。頭を下げて両手で受け取って写し始めるなまえを眺めていると、不意になまえの目線が上がって目が合った。ほんの少し、心臓が跳ね上がる。

「っ……んだよ!」
「梓は頭いいよね」
「は? 何だよ急に」
「じゃあさ、これも教えて」


 先生、とはなんですか?


「は、はあ!?」
「早く。花井せんせ」
「しっ…知らねーよ馬鹿!」
「ぶっくく…げほごほ」
「咽せてんじゃねーぞ水谷!」


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