俺には、可愛い可愛い後輩がいる。後輩って言っても俺留年してるから、学年は一緒なんだけど。一応後輩と言っておく。追記、泉のことではない。

 ちなみに同じクラスで、頭も悪くない。泉を中心に野球部と仲が良いけど、泉とは違って俺への…なんて言うのかな、敬意じゃないけど……年上なんだって認識はあるらしい。よかった、ちょっと安心。……これで安心する俺ってどうなの。

「浜ちゃん、浜ちゃん」
「んお!」

 後ろから首に巻き付く、細い腕。ああ、コイツだよコイツ。俺の可愛い後輩。何やってるのーって覗き込んでくる。俺は野球部の応援幕の端っこがほつれてきたから、ちょっと縫い直してたところだった。針持ってるから危ないぞーって注意するけど、離れない。縫い物してるところって、そんなに見てて楽しいモンか?

「浜ちゃんいいな、裁縫できて」
「んー? なまえは女の子だし、頑張ればできるって。ちょちょいっと!」
「だってこの前の家庭科も、指刺した」

 ほら! と小さな傷を見せてくる。そういえばなまえがいるグループの作業台から、今にも泣きそうな悲鳴が聞こえてたな。あれはなまえだったのか。しかし、ボタン付けのテストで指を刺すとは。頭は良いのに手先は不器用なのかな、意外。

「なら、今度教えようか?」
「ほんと? 浜ちゃん!」
「だって期末テストのとき、実技で裁縫のテストまたあるじゃん?」
「やった、頑張る! ありがとう、浜ちゃん!」

 うんうん、これだよ。素直なお礼、キラキラした目、嬉しそうな顔。まるで妹みたいだ。なんて可愛い後輩。俺は幸せだな。皆が皆、泉みたいなやつじゃないんだ。あれ、もしかして俺今ニヤけてる? 泉に蔑むように睨まれたんだけど。

「何やってんだよ浜田」
「お前はやっぱりそうだよな」
「は?」
「……なんでもねーって」

 そうだ相手は泉なんだ、泉! こいつに後輩としての素直さとか可愛さとか、そんなものを求めちゃいけなかった。今更だけどあからさまに呼び捨てだし。やっぱりこいつの頭の中には、俺が年上だなんて情報は微塵も流されてはいない。つーか流そうとすらしてない。くそ。

「何ニヤニヤしてんだよ浜田」
「え、俺そんなニヤけてた…?」
「あー、そりゃもう」
「あ、そう……ははは」

 後輩に対してちょっとだけビビってる自分、悔しい。目の前の泉は、真顔で俺をじーっと眺める。いまだに締まりのない顔をしてる俺を見て、泉の口元がだんだん緩んでいく。しかも吹き出しやがった。何なんだ一体。

「なっ…何笑ってんだよ泉!」
「だって浜田真っ赤でニヤけっ……そんなになまえが可愛いのか?」
「は、はあ!?」

 いや、なまえは可愛いけど! って付け足して言うと、さらにブハッと吹き出して大声で笑い始める泉。うわ、何だこの野郎。ムカつくな泉のやつ。いつまで笑ってるつもりだ!

「お前なあ、いつまで笑ってんだよ!」
「ははっ……だって、裁縫できなくて困ってるなまえが浜田に頼るように仕向けたの、俺だから」
「……は…?」
「お前が頼めば浜田は断らねーよって言ったら、マジで頼んでるし、断らねーし」
「…………」


 後輩はかわいいなんて誰が言った


「……なんかなまえが小悪魔に見えてきた」
「あー、おもしれ」
「いい加減笑うのやめろ! 泉!」


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