「りお、りお!」

 後ろからなまえがついてくる。女子の名前呼んでるみたいに聞こえるから、りおうってちゃんと発音してっていつも言ってんのに!
 それよりなんでなまえが、野球部のマネージャーになってんだよ。絶対入るなって何度も言ったはずなのに。文句を言ってやろうと勢いよく振り向いたら、そこにはなまえじゃなく――。

「っなんだよ、急に止まるな!」
「あれっ」

 準さんがいた。なんで? 今の今までくっついてきてたのに。身を少し屈めて準さんの後ろを覗き込むと、グローブを興味深そうに触るなまえ。わー、おおー! とか声を上げて目を輝かせている。あれ準さんのグローブじゃん。ちらっと準さんを見上げると、ああ、と察したように話し始めた。

「なまえがグローブ見たいっつーから」
「すんません……なまえ、もうグローブ返しなよ! 練習始まるから!」
「あー、いーって。今取り上げたって、どうせまた見に来るんだろうし。な?」

 準さんがなまえに問いかける。聞こえているのかいないのか、なまえはグローブをはめてみたりしてご満悦。準さんてば、なまえの頭撫でるわ、フォーム教え始めるわ、「キャッチボールしてみるか?」とか言い出すわ。しかもそれに乗っかって、和さんまで「なまえの始球式でもするか。俺が球受けてやる」……まじ?

 嬉しそうにマウンドへ向かうなまえと、わりと真剣な顔でフォーム指導をする準さん。和さんがしゃがみ込んで、よし来い! と構える。他の部員も面白そうに見てるし、うう……なんかものすごーく気に食わないぞ。

「えいっ」
「………………」
「………………」
「「…………」」

 なまえの隣で口を隠して笑いを堪える準さんと、ぽてぽてと転がってくるボールを数歩前へ出てきて拾う和さん、準さんみたいに肩を震わせて笑いを堪える皆。そして、顔から火が出そうなほどに恥ずかしい俺。

「ふはっ……ダメだ、我慢できねっ……おまっ、かっわいーな!」
「わっ、髪が!」
「まあ女子が初めて投げたらこんなもんだよなあ。落ち込むなよ、なまえ!」

 準さんに髪をぐしゃぐしゃにされて、和さんからも皆からも爆笑されて。ああもう、どんだけ恥ずかしいんだあいつ! まったくホントにっ、なまえはバカなんだから!

「なまえっ! もー、こっち来て!」
「あう」
「おとなしくマネジ業やれってば!」
「む…利央のくせに! お兄ちゃんに言ってやる」
「げっ……ちょっ、だめだって!」

 兄ちゃん、俺のことはほったらかしなのに、なまえには家帰ってくる度にお土産買ってきたり彼氏いないか確認したり、やたら可愛がってるからな……。
 最近も、兄ちゃんが用意したらしいなまえの分のおやつ食べて泣かしちゃったとき、「何やってんだ? あ?」って睨み利かせて頭掴まれた上に、自腹で同じものを買いに行かされたっけ。ちなみに俺の分は最初からなかった。曰く、欲しけりゃ自分で買え。

 もしなまえが「利央に泣かされた」とか話をでっちあげたりしたらきっと俺、次こそ兄ちゃんに殺される……同じ双子でなんでこんなに扱いが違うんだろ。悔しい。

「利央、なまえ! 練習だぞ」
「あ、はい! 今行きます!」
「はーい!」

 和さんが呼ぶ方へ走っていくなまえの後を追いながら、頭の中では、なんで双子なのになまえばかり甘やかされるのかってことだけを考えていた。


 仲沢家の双子


「りお、タオルちょうだい!」
「はいよー」
「ありがとー! 今日暑い…」
「……あれっ? 普通なまえがタオルくれるんじゃ……俺選手なのに…」

「準さん。なんで双子なのになまえばっか、兄ちゃんからも皆からも可愛がられるんすかね」
「は? 女だからだろ」
「…………なるほど…!」
「いや、気付けよ」



 翌日の仲沢家

「ただいま」
「お兄ちゃん、おかえりなさい!」
「おう。元気そうだな」
「あのね、昨日利央がね!」
「あああなまえだめ! 黙れっ」
「お前が黙れ。なんだ、なまえ。続けろ」
「いてっ! ちょ、なまえ! だめ!」
「昨日初めて投球やってみたら、利央に笑われたんだよ! ぎゃはははって!」
「ばっ……笑ったのは準さんだろ!」
「なまえが投球?」
「うん、投げたの!」
「……利央」
「はいぃ!?」
「ビデオ撮ったか」
「……えっ」
「ビデオ、撮ったか!」
「とっ……撮ってな…い」
「なんでお前そんなに役に立たねぇの?」
「ご、ごめ」
「なまえ、兄ちゃんとキャッチボールだ」
「してくれるの?」
「おう、投げてみろ。利央、球よこせ」
「うう……はい…」


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