「父様!」
後ろから俺の着流しを引っ張るのは、俺の娘のなまえだ。ガキなんざいらねェと思っていたが、出来たら出来たで可愛いもんだ。
「あァ? どうした、なまえ」
「見て。きれいでしょ!」
なまえの手にしっかりと握られていたのは、真っ白で小さな一輪の花。なまえが生まれる以前の俺なら、何も思わず、道端に咲いている事すら気付かずに踏んじまっていたに違いねェような、小さな花。だがなまえが居る今、こんな小せェ花までとんでもなく綺麗なモンに見えちまうから不思議だ。
「…綺麗だな。どこにあった?」
「船を降りて、少し歩いたとこ!」
「そうか。よく見つけたなァ、こんな小せェ花」
頭を撫でてやると、にこにこしながら花を見つめて、小瓶に生けてくると言って走っていった。それを見て自然と頬が緩んじまう俺は、自覚している以上に心底なまえが大事なんだろう。遠くから小さな花瓶を掲げて俺を呼ぶので、軽く手を上げて応えてやれば、満足そうに笑う。そんな姿を見れば俺も満足で、煙管をくわえ直した。
小さな花
こんな俺が家庭を築くなんざ、考えてもみなかったが――なまえが居るだけで俺ァ、一輪の小せェ花にも気付けるようになったんだ。
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