ここは俺の部屋であり、俺の空間だ。一人で読書をしている……はず、だった。ふと本から視線を上げると、ベッドに人影があった。

「お兄ちゃ」
「キャプテン」
「……別に、お兄ちゃんって呼んだっていいじゃない」
「他の船員に示しがつかねェだろ」

 俺には妹がいる。船に乗せている……というよりは、乗っていた。故郷を出てしばらくして、やけに背中が重くて振り向いたら、なまえが負ぶさって寝ていたのだ。つまり、ついてきちまったんだ。
 俺は海賊になるわけであり、旅行に行くわけではない。はっきり言って、なまえについてこられては邪魔だった。しかし、たった一人の妹を海に捨てるわけにも、今更どこかの島に置いてくるわけにもいかず、今に至る。

「キャプテン、キャプテン!」
「ベポだ!」
「うぐっ」

 俺に何か報告をしに来たベポの背に、なまえが勢いよく飛び付く。苦しそうな声を出しながら報告を続けるベポから、なまえを剥がしてやる。ああ、ベポ!と叫びながらなまえが涙目になっているのは、見なかった事にする。

「ちょっとは大人しくしてろ」
「やだ、ひま」
「じゃあ寝てろ」

 頭を軽く押すと、小さな体はいとも簡単に俺のベッドへ沈む。さらに顔面にクッションと毛布を投げてやり、身動きが取れなくなっている隙に刀を掴み、船室のドアを開けた。それと同時に、やっと毛布から顔を出せたなまえが声をかけてくる。……毎度の事だ。

「どこ行くの、お兄ちゃん」

 この言葉を聞くと、毎回蘇る。海賊になろうと決めたあの日が。兄妹で暮らした部屋になまえを一人で残し、ドアを開けた。「どこ行くの」「すぐに戻る」短い会話をしてドアを閉めた。だが、結局ついてきていた。その記憶が、毎回蘇ってくるのだ。

「……すぐに戻る」

 こう言えば、なまえがベッドを出てついてくる。分かっている。

「待って、私も――」
「寝てろ」
「やだ」
「俺の言う事が聞けないなら船から降ろす。ここは俺の船だ」

 一度置いてきぼりをくらいかけたんだ、不安になるのは分からなくもない。だが、いい加減慣れろ。お前を戦闘に出すわけにはいかねェんだ。

「いいからここにいろ」
「……」
「5分で戻る」

 ドアを閉じて廊下に出ると、すでに甲板の方で派手にやっているのが聞こえてくる。

「……行くか」

 きっちり5分で戻らねェと、拗ねるガキが待ってるからな――小さく呟いてから、俺はゆっくりと甲板へ出た。


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