※緋真が亡くなった頃あたり


 雲ひとつないよく晴れた日に、愛娘のなまえは屋敷の縁側で気持ち良さそうに眠っていた。薄手の毛布でも掛けてやろうと近寄ると、向こう側からルキアが出てきて、なまえを見るなり慌てて毛布を掛けるのが視界に入る。

「なまえ、体に障るぞ」
「………んん」

 ルキアを姉のように慕うなまえは、毛布を掛けたルキアの方へと寝返りを打ち、その袖を掴む。ルキアはその手を握ると、優しく微笑んだ。自然と僅かに緩んだ頬をそのままに、なまえとルキアの方へと歩み寄って、腰を下ろす。

「兄様……」
「すまぬ、ルキア……なまえにはいつも手を焼いているだろう」
「いえ……なまえは私の妹のようなもの。苦になる事は、決してありません」
「……そうか」

 暖かい陽射しの中、眠るなまえの髪をゆっくりと撫でる。緋真に似たのか、私に似たのか……綺麗な黒髪をしている。ルキアもまた、微笑みながら目を細めると、なまえの手を優しく握り直した。

「兄様」
「……何だ」
「なまえは…緋真様によく似ています」
「……」
「緋真様はお写真でしか見た事がありませんが、お美しい方だと感じました。……なまえにもまた、ふとした瞬間に美しさを感じるのです。もちろん、単純に可愛さを感じる一面もありますが」
「……そうか」

 ルキアは悪い事を言ってしまったかと俯いたが、悪い事など何もない。私はむしろ、嬉しいのだから。まだ眠っているなまえの頬に手を当てて、聞こえていないとは分かっているが、そっと問いかける。

「なまえ、聞こえたか」
「に…兄様?」
「……お前はお前の母に、よく似ているそうだ。よかったな……なまえ」
「兄様…」

 ふと何かを察したのか、ルキアは用事があるからと立ち上がり、足早に去っていった。その直後、瞬きをした瞬間、一筋の涙が頬をゆっくりと伝った。



「……ん……父様?」
「なまえ、昼寝はもういいのか」
「はい。……? 父様、頬が濡れています」
「………ああ」
「悲しいのですか、父様」
「いや…」

 ――嬉しいのだ。

 なまえの小さな手が、私の頬を伝う涙を拭った。


 温かな記憶


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