「ねえねえそこのお姉さん! 今って暇? 暇なら俺と一緒にお茶しませんか、お茶!」

 自慢じゃないが、ナンパは日常茶飯事だ。この忙しい午後に、会社と取引先を忙しく往復している、とっっっても忙しい私の邪魔をするのは、本日2人目だ。今から振り向いてそこにあった顔が不細工だったなら、鉄拳のひとつやふたつ見舞ってやりたいところ。とりあえずは、清楚に振り向く事から始めよう。

「すみません。私、今急いで…」
「まあそう言わずに! ……って、あああ!」
「あんた何してるの!」
「ぎゃ!」

 振り向いた私は、鉄拳もとい愛の拳を、我が弟・正臣の頬へ全力で浴びせた。この私の弟のくせに、何て恥ずかしい事を。ナンパなんて低俗な事を、まだ続けていたのか。まったく恥ずかしい。愛の拳2発目のために手を握りしめたそのとき、正臣の後ろから1人の男の子が顔を出した。

「あ、あの……」
「……正臣のお友達?」
「りゅ……竜ヶ峰帝人です!」

 がばっと頭を下げる帝人くん。その礼儀正しさに私も慌てて拳を解いて、姉のなまえです、と名乗って頭を下げる。正臣にもこんな清いお友達がちゃんといるのね、と少しだけ安心した。

「正臣、今日はもうナンパ禁止」
「えー!」
「禁止」
「は、はい」
「正臣って、お姉さんに弱いんだね」
「余計な事言うな帝人!」

 弱みを握ってやったとでも言いたげな帝人くんの意地悪な一言に、顔を少し赤くして反論する正臣。……なんだか、帝人くんの方が年上に見えてくる。

「あ、いけない! これから別の取引先に顔を出さなきゃ」
「いってらっしゃーい」
「あんたも帰るの! ナンパ禁止!」
「ちょっ、帰るって! 帰るからフード放して! 助けて帝人!」
「あ、僕は本屋に寄るからこれで。なまえさん、お仕事頑張ってください」
「ありがとう、帝人くん」
「あっ! 逃げんなよミカドー!」

「………うう…くそ、帝人めっ…」
「正臣、卵とお肉を買って帰ってね」
「うぅ……はい……」


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