私のお父さんは、イギリスの有名なお屋敷で執事をしています。いつも優しくて丁寧で、でも少し厳しくて。そんなお父さんが、大好きなんです。

「なまえ、どうしたんです?」
「ん、う……」
「…ちょっとこちらへ」

 抱き上げられてお父さんの膝に乗ると、額をそっと押さえられた。

「少し熱があるようですね」
「頭、いたい…」
「ええ。今夜はいつもより、早く寝なくてはいけませんね」

 頭を優しく撫でてくれる温かい手の平に、瞼が重くなる。くらくらする視界でお父さんを見上げると、微笑みが返ってきた。

「ほら、着替えてきなさい」
「ん…」
「今夜は暖かくして寝ましょうね」

 こくんと頷いて奥の部屋へ行き、着替えをする。その間に、お父さんが部屋を出ていくのが聞こえた。きっと明日の朝食の準備をしに行くんだろう。

「セバスチャン。なまえはどうした」
「はい? なまえですか?」
「……今夜は僕の部屋へ、おやすみを言いに来なかった。いつもなら、寝る前にトランプをしろとせがんでくる時間なのに」
「ああ…なまえは先程熱を出してしまいまして。もう寝かせるところなんです」
「……そうか」

 着替えが終わった事を伝えようと部屋を出たら、そんな会話が聞こえてきた。本当だ、そういえば今日はシエル様におやすみなさいを言っていない。挨拶をしなければ。
 大きな扉を開けてシエル様へと駆け寄ると、お父さんは驚いて私を抱き止めた。

「坊ちゃんに風邪がうつってしまったらどうするんです、なまえ」
「でも…シエル様にごあいさつを、」
「ご挨拶は今夜はお休みして、早く部屋へ――」
「セバスチャン。別に構わん」
「ですが…」

 シエル様がこちらへ歩み寄り、私の目の前にしゃがみ込んで微笑んだ。

「なまえ、動いて平気なのか?」
「はい、シエル様」
「そうか。早く寝て治すんだぞ。明日の夜こそは、なまえとトランプがしたい」

 そう言ってシエル様は、微笑みながら私の頭を撫でて、頬へそっとキスをしてくれた。私は驚いて目を見開いてしまう。

「おやすみ、なまえ」
「お、おやすみなさい!」

 コツコツと足音を立てて歩いていくシエル様をぼんやりと眺め、微かに熱が残る頬を撫でる。お父さんの方へ向き直ると、しばらく真顔で固まっていたけれど、急いで傍へ来て私の頬をごしごしと拭いた。



「坊ちゃん、風邪がうつっていたらどうするんです」
「……なまえは?」
「もう寝ていますよ。坊ちゃんも早く寝てください」
「やきもちか? セバスチャン」
「はい? ……まさか。貴方が風邪を引いたら、私が看病しなくてはならないんですから。早く寝てください」
「……ああ(なまえの事となると案外分かりやすいな)」


[ back ]