我輩には1人、なまえという娘がいる。まだ幼く小さいのだが、まぁ、可愛いものだ。我輩が“可愛い”などという感情を持つ日が来るとは……驚いた。
 しかしこれがどういうわけか、あのヤコに懐いてしまっているのだ。

「お父さん、弥子ちゃんまだー?」
「……さあな」
「つまんない。弥子ちゃんいないと」
「………」

 思わず目を見開く。今、何と言った? あの女がいないとつまらないだと……? ひとつ溜息を吐いて、なまえを膝の上へと抱き上げる。なまえは、抱っこだ! などと言って喜んでいるが……、

「なまえ。なまえはヤコが好きなのか」
「うん、すき」
「……我輩がもし、ヤコはもうここには来ないと言ったら?」
「やだ!」

 即答とは……ずいぶんとヤコの奴を気に入ったものだ――などと考えているうちに、ヤコが来てしまった。どうやら、事務所に来る前に済ませたい用事とやらは終わったらしい。

「なまえちゃん、今日はシュークリームもらってきたよ」
「わーい、弥子ちゃんありがとう!」
「…………チッ」
「……ネウロ、今舌打ちした…?」

 恐る恐る振り向くヤコを無視して、受け取ったシュークリームを美味しそうに頬張るなまえを見つめる。
 そうか、なまえはヤコに餌付けをされているのか。我輩にはよく分からんが、女というのは年齢に関係なく、甘い物が好きな傾向があるらしい。

「ネウロ、顔怖いんだけど」
「黙れ」
「お父さん、弥子ちゃんをいじめないで!」
「ム……」

 だめ! と我輩の手を握るなまえの手の小さいこと。何故かこの手に握られると、ヤコを怒る気が失せるのだ……。
 仕方なく黙り込むと、ヤコがなまえを抱きしめて「私の味方はなまえちゃんだけ!」などと叫び始めた。

「なまえに触るな、ゾウリムシの分際で」

 そう言ってヤコからなまえを奪い、庇うように抱いて柔らかな髪を梳く。

「弥子ちゃんは虫じゃないもん!」
「………なまえ」
「ほら! やっぱりなまえちゃんは私の味方!」
「チッ」
「あからさまに舌打ちしないでよ、なまえちゃんに悪影響じゃない」
「貴様、何かとなまえに託つけて回避するな」
「うっ……ばれた…!」


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