「なまえ」
「……シンちゃん」

 やっと時間が空いて会うことが出来た、たった1人の姉さんであるなまえ。僕は小さい頃から呼び捨てしちゃってるけど。なんだかくすぐったくて、姉さん、とは呼べずにいる。それでも複雑な環境で育った中で血の繋がりがある姉が居る事が、僕は嬉しくて仕方なかったんだ。

「シンちゃん、テレビ見たよ! 新曲、すごくよかった。絶対買うからね?」
「ありがとう、なまえ。それより、こんな所で待ち合わせにしちゃってごめん。寒くなかった?」
「うん、大丈夫」

 微笑んだなまえの頬は赤くなっていて、約束の時間より何分…いや、何十分早く来てくれたんだろう。僕はインタビューが長引いて、時間通りにすぐに駆け付ける事が出来なかったから、たくさん待たせてしまった。

「ここじゃ寒いから、どこか近くの店に入ろっか」
「うん」
「あ。この前コンビニの跡地に入った喫茶店、確かコーヒーが美味しいらしいんだ。なまえ、コーヒー好きだよね?」
「うん! 飲んでみたい」
「じゃあ、行ってみよっか」

 笑ってなまえの手を引くと、一瞬遅れてかつんとブーツの音が聞こえてくる。1歩下がって僕についてくるなまえを、姉さんなのにすごく可愛く感じた。
 喫茶店に着き、ちりんとベルを鳴らしながらドアを開けると、薫ってくるひき立てのコーヒーの匂いに、なまえは幸せそうに笑った。静かな奥のテーブルにつき、なまえにメニューを開いて渡す。

 ……落ち着いた雰囲気が流れる今なら、言えるんじゃないか。

「さ、何頼もうか? なまえ、姉さん」
「! シンちゃん、今…」
「ん?」
「姉さん、って」
「だって……僕のたった1人の姉さんでしょ? なまえは」

 出来るだけ自然に聞こえるように呼んでみると、なまえの頬に涙が一筋流れた。


「その、泣かすつもりはなかったんだ」
「ううん…ありがとう、シンちゃん」
「……ほら! コーヒー頼もうよ」
「そうね、ありがとう」


[ back ]