「たーかーやーくーん」

 姉ちゃんがこの呼び方をするときは、たいてい怒っているときだ。だからあんまり出ていきたくない。絶対怒られるから。でも出ていくしかない。行かなかったら後から絶対に、素直に行ったときよりも怒られるからだ。
 くそ、俺だって帰ってきたばかりなのに。ゆっくりと部屋のドアを開けると、廊下に仁王立ちする姉ちゃんが視界に入った。

「………何」
「もう、隆也! また三橋くんを泣かせたでしょ!」
「はあ!?」

 何の話だ。俺は三橋を泣かせてなんかない。つーか「また」って何だよ! 第一、なんで姉ちゃんが三橋の事知って……いや。そういや姉ちゃんは最近、俺の部活の事や試合の事で親とよく話してたっけ。それにしたって、なんで俺が三橋泣かした事になってんだよ!

「泣かしてねえよ!」
「嘘だー! さっき三橋くんと擦れ違ったら、泣いてたもん」

 ……今日三橋と別れる前、泣かすような事何か言ったか? 俺。いやいや言ってない。むしろ俺、今日は――。

「……褒めたんだよ」
「は?」
「だから! 怒鳴ったわけじゃなく、褒めたんだよ! 今日は!」

 たぶん俺は今、顔が赤い。何なんだ? なんか俺、三橋を褒めた事を姉ちゃんに言うのが、物凄く恥ずかしいっつーか……くすぐったかった。確実に面白がってくるであろう姉ちゃんから必死に顔を背けたが、遅かった。

「ぶっ……隆也が? 褒めた? 三橋くんを? ぷっ…くく」
「っ何笑ってんだよ!」
「いや、隆也が人を褒めるなんて……明日はきっと雨、じゃなくて野球のボールが降るねぇ」
「なっ!」
「あはははは! ま、まあ、三橋くんが嬉し泣きしてただけならいいのよ……ぷっ」
「笑うな!」

 姉ちゃんは楽しそうに俺の部屋の前から去っていき、自分の部屋の前で一度振り返ると、俺の顔を見て再び吹き出しながら部屋へ入っていった。

 ……もう二度と、人を褒めても姉ちゃんにその事実は言わないと誓った。


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