指を切った。今日は時間もあるし、たまには自動調理じゃなくて自分の手で料理を……と久々に自室のキッチンで包丁を握ったことを後悔する。絆創膏はあっただろうか。傷口からじわりと滲む血を眺めて、ぼんやりと薬箱の中身を思い出す。

「なまえちゃーん。今日の夕飯、一緒にどう? 俺が好きなの作ってあげちゃうよ」

 縢くんの声がする。そういえば彼は料理が得意だった、最初から彼に声をかければよかった。きっといつも自炊している彼のほうが、私が作るより上手いだろう。
 絆創膏を一枚手に取ったまま自室のドアを開けると、そこにいた縢くんが目を丸くした。

「どうしたの、指」
「切ったの」
「……うーわ、こりゃまたザックリいったね」
「包丁使ってたから」
「貸して。俺が貼ってあげる」

 縢くんは部屋へ入って後ろ手で静かにドアを閉め、きれいに絆創膏を貼ってくれた。

「……意外」
「何が?」
「縢くんこういうの雑そうだったから」
「そりゃあ、野郎のゴツい指だったらな。可愛い女の子の指に絆創膏貼るときくらい、丁寧にやるって」
「ふーん」
「……」

 尚も意外そうに縢くんを見つめると、私の手を取ったままスッと目を細めた彼は、指の傷をグッと押した。「痛い!」と声を上げると満足げににっこり笑い、今度は絆創膏越しに傷にキスをする。

「痛いの痛いの、ギノさんのメガネに飛んでいけーってね」

 今時このシチュエーションでそれはとか、なんでギノさんとか、言ってやりたいことは色々あったけれど。私が口をぱくぱくさせている間に、彼は「キッチン借りるよー。お、作りたかったのは肉じゃが? いいねぇ、俺好きだよ」とか何とか言いながら、笑顔でキッチンへ引っ込んでしまった。


(翌日会った宜野座さんは、メガネが壊れたらしく、色違いのスペアを使っていた。縢くんは宜野座さんの目を盗んでひーひー笑っていた)


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