ニコチン中毒になりますよ。
 そんな言葉が聞こえた直後、俺が手にしていた煙草は取り上げられた。

「……おいこら、返せ」
「だめです」

 煙草を灰皿へギュッと押しつけながら、なまえは俺を睨んだ。睨むといっても、コイツに睨まれたところで怖くも何ともない。逆に俺が睨んでやると、僅かに肩を震わせた…が、返す気はないらしい。仕方なく新しい煙草を出そうとポケットへ手をやると、そこには煙草の箱ではなく、舌を出した有名キャラクターの袋のキャンディーがあった。

「おいなまえ、俺の煙草は」
「もう充分吸ったでしょう」
「…ガキが持ってていいモンじゃない。返せ」
「わたし成人してます! だいたい、煙草なんて吸ってもおいしくないでしょう!」
「ほら、アメやるから」
「むぐ」
「うまいか、そうか。煙草を返せ」

 キャンディーの袋を破いて口へ突っ込んでやると、もがもがと舐めながら何か抗議してきたが、すぐに静かになった(何言ってんだと呆れてやったら、諦めたらしい)。…アメひとつで静かになるような女が、ガキじゃなくて何だというんだ。

「ったく……」

 睨まれただけで肩を震わすようなヘタレだが、これでも俺達と同じ立派な執行官。一度決めたら引かない頑固な面もある。今日は我慢するしかないかと俺も諦め、明日提出しなければならない書類に向き直った。



「あれ、狡噛さん」

 翌朝。コーヒーを飲んでいる俺を見たなまえは、驚いたような声を上げた。その視線の先には、デスクの灰皿。今日はまだ吸い殻が一本もない。

「今日は煙草、吸っていないんですね」
「吸うと誰かさんがうるさいからな」
「……ほんとに吸わないんですか?」
「何言ってる。吸うなと言って取り上げたのはお前だろ」

 缶コーヒーも空になり、正直口が寂しい。そろそろ我慢も限界だ、一本目を吸おうかとポケットに手を突っ込む。するとなまえが口を開いた。またキャンキャンと説教が始まるだろうかと少し身構える。

「…狡噛さんから煙草の匂いがしないと、これはこれで落ち着かないというか…」
「……は?」
「狡噛さんが煙草を吸っていない姿をいざ見てみると、何となく物足りなくて…」
「……」

 何を言ってるんだコイツは。吸うなと言うから我慢してみれば、人の顔見て「物足りない」とは。もういい、吸おう。煙草を取り出して火をつけながら横目でなまえを見ると、うまく説明できずに顎に手を当ててうんうんと唸っていた。

「…中毒なのはお前のほうなんじゃないのか」
「え? っわ! ぶっ…やめてください! けほっ」

 難しそうな顔をしているなまえに向けて煙を流してやると、咽せながら必死に書類で扇いで俺へと煙を返してくる。

「で」
「はい?」
「落ち着いたか?」
「…はい?」
「俺が煙草吸ってないと落ち着かないんだろ」
「……」

 一拍おいて「あああ! もう煙草吸ってる!」と大声を上げる。うるさい、指をさすな。吸ってほしいのかほしくないのか。また何やら言い始めた口を無理矢理塞ぐようにキスをしてやると、思わず吹き出しそうになるほど顔を真っ赤にさせて固まった。

「お前、煙草はおいしくないだろうって昨日言ったよな」
「…」
「感想は」
「……」
「分かんなかったなら、もう一回してやろうか」
「な、あ、おいしく! ないです!!!」

 慌てて自分の席へ着こうとして書類をぶちまけていくなまえを眺め、喉奥で笑う。さて、俺も今日提出の書類をギノに渡さないとな。


(あっれーなまえちゃん朝から真っ赤になっちゃって! まさかコウちゃんに何かされちゃった? センパイに話してごらん)
(縢さん、からかわないで!)


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