(帰り道)

「とーびーおーちゃん」
「……」
「あれ、とびおちゃん?」
「……」
「とびおちゃんってば!」
「……及川さんと同じ呼び方はやめろ」
「飛雄?」
「ん」
「飛雄」
「何だよ」
「かっこいい名前だよね」
「は?」
「かっこいいよ」
「何だ急に…気持ちわりーな」
「飛雄がその顔で言うと怖いからやめて」
「……」
「あっ、待って! 歩くのはやい」
「お前が遅い」
「彼女の歩幅に合わせてよ」
「遅い」
「む…じゃあ引っ張って」
「………」

「…待って想像以上に早歩きだよ! 足もつれる!」
「引っ張れっつったのお前だろ」
「言ったけど! 見て! 身長の高い飛雄と私じゃ、歩幅がちがうの!」
「?」
「飛雄の1歩は私の2歩!」
「……?」
「意味分かってないでしょ」
「…ゆっくり歩けばいいのか?」
「手つないで」
「………ん」
「歩いて」
「………ん」
「速かったら手引っ張るから」

「っ、これで速いのかよ」
「速い」
「…俺にとっての普通、なんだけど」
「はやいの!」
「……」
「そうそう。ゆっくり歩いてよ」
「……」
「……」
「…お前いつもこんなのんびり歩いてんのか」
「飛雄がせかせか歩きすぎなの」
「……」
「及川先輩は、歩幅合わせて歩いてくれるのになぁ」
「……」
「? 飛雄? 急に止まらないで」
「いつ」
「え?」
「いつ、及川さんの隣歩いたんだよ」
「中学のときも私マネやってたんだし、及川先輩とは何度も並んで歩いてるけど……え? なんか怒ってる?」
「……チッ」
「舌打ちした! 怒ってる!」
「別に怒ってねー」
「怒ってるよ」
「怒ってねーって」
「怒ってる! 眉間に皺寄ってるもん、いつもより」
「……」
「あ」
「あ?」
「やきもち?」
「…」
「飛雄、やきもち?」
「…」
「ねえねえ、」
「……」
「あ、なんで先に行っちゃうの! まって!」
「……」

「…っはぁ、足速いよ……飛雄?」
「今は」
「え?」
「…今は?」
「及川先輩? たまに電話やLINEとかが来るくらいかなぁ。やっほー元気? 及川さんに会いたくなったらいつでもこの胸に飛び込んでおいで! って」
「貸せ、着拒してやる」
「ちょっとちょっと、及川さん拗ねて烏野まで来ちゃうよ」
「チッ」
「また舌打ち!」
「…お前」
「なに」
「及川さん、好きなのか」
「先輩や選手としてなら」
「……」
「に、睨まないでよ」
「………れは」
「え?」
「……俺は!」
「……ぶっ…あはは」
「!?」
「あはは、っけほけほ」
「なに咽せるほど笑ってんだよ!」
「いや、飛雄も不安とか嫉妬とかあるんだね」
「はあ?」
「及川さん相手だとそんなに不安なの? 飛雄は」
「……」
「どこにも行かないよ」
「……」
「飛雄が大好きだから」
「!」

「……そりゃあ、及川さんなら優しいし、女心分かってるし、頭撫でてくれるし、勉強教えてくれるし、バレー上手でかっこいいし、こまめに連絡くれて話のリードも上手だし、眉間に皺も寄ってないけど?」
「ぐっ…」
「それでも私は、不器用で女心ちっとも察せなくて、頭撫でる手も抱きしめる腕もぎこちなくて、勉強も得意ってわけじゃないしメールも味気ないし眉間にいつも皺寄ってても、飛雄が好き」
「……」
「だから歩幅くらい合わせてよ。帰るだけで疲れちゃうじゃない」
「……意識して合わせる、ように、する…」
「うん」

「…なまえ」
「なぁに」
「……(好きだ)」
「?」
「……(好きだってたった一言だろ、そんくらい言え俺)」
「飛雄?」
「…………っ、何でも、ねーよ」
「そう」
「(くそ)」
「変な飛雄〜」
「(今日も言えなかった)」
「……(さっきから繋いだ手がめちゃくちゃ痛い)」
「(こんな一言くらい、及川さんなら簡単に言えるんだろうな)」
「……(眉間に皺)」
「(言葉でちゃんと、言ってやりたいのに)」
「(考えてそうなことはだいたい分かるけど…痛い痛い痛い手めっちゃ痛い)」
「………はぁ…(情けねー)」
「あのさ、飛雄」
「……何だ」
「ちゃんと、分かってるよ」
「……」
「飛雄がだいじにしてくれてるの、ちゃんと分かってるよ」
「! ……お、おう」
「だから、もうちょっと力抜いてくれると嬉しい」

***

(夜)

『ちょっとちょっと、トビオちゃんから連絡よこすなんて珍しいね!? やっと及川さんを敬う気になったの!?』
『あ? 影山? 珍しいな』
「……(この時間なら一人だと思ったのに岩泉さんと一緒なのかよ…今すぐ電話切りたい…)」
『ふっふっふ…及川さんは何でも知ってるぞ! どうせなまえちゃんのことでしょ! 俺なまえちゃんと連絡取るのは絶対やめないからね! 絶対!!』
「………いや、連絡は別にいいっす。やめてほしいけど」
『ぼそっと言った本音聞こえてるよ!! 彼女と連絡取ってたことじゃないなら何? バレーのことなら助言とかしないから』
「じょ、女子と、歩幅合わせるって、どう、やるん、です、か」
『………』
「あと、ぎこちなくならずに、頭撫でるって、どう、」
『あっはははははは!!! なに、トビオちゃんそんなこと悩んでんの!!? ぶっ…あはははは!!!!』
『るせぇぞクソ川!』
「……(イラッ)」
『なになに、なまえちゃんに怒られちゃった!? ブフーッッ』
「(吹き出しやがった)……っもういいです!」

***

(その頃及川さんと岩泉さん)

「あーあ、切られちゃった」
「何だったんだよ」
「あのトビオちゃんが、女子と歩幅合わせるってどうやるんですか〜だって」
「……は?」
「おまけに、ぎこちなくならずに頭撫でるってどうしたら、だってさ」
「………」
「なまえちゃんに、つつかれたんだろうねぇ……ぶふっ…くく…」
「あの影山が…」

「よっぽどなまえちゃん好きなんだろうねー。あのトビオちゃんが女の子のことで悩むなんてさ。付き合ったのは高校からっぽいけど…そういや、どっちが告白したのか聞いてないな。今度なまえちゃんに馴れ初め聞いとこっと」
「お前楽しそうだな」
「あ! これ国見ちゃんたちに言ったらどんな顔するかね」
「……やめといてやれよ、影山の名誉のために」
「トビオちゃんの名誉なんて知ったこっちゃないね! ていうか、もう国見ちゃんにLINEしちゃった!」
「………(すまん影山、止めてやれなかった)」

***

(翌日烏野のお昼休み)

「お、影山。ひとりで3年の教室まで来るなんて、珍しいな」
「……ば、バレー部全員お揃いで……あの、菅原さんにちょっと…」
「何? みんないたらマズい話ー?」
「………マズいっつーか、話しづらいっつーか…」
「ふーん。じゃあ、すみっこ行くべー」
「うす」

「……で? 大地たちに聞かれてマズい話って?」
「あの」
「うん」
「……女子と、歩幅合わせて歩くって…どうしたら、いい、スか」
「……ん?」
「だから…その、歩幅………」
「……」
「……」
「影山もそんなこと考えるんだな…」
「……生暖かい目すんのやめてください」
「はは、悪い悪い。んー……女子ってなまえちゃんだろ? 清水より小さいよな……影山との身長差考えれば、そりゃあ歩幅も違うか」
「……」

「うーん…月並みな答えで悪いけど、なまえちゃんのことをよく見てあげればいいと思うよ。こんなちっちゃかったんだなーとか、足元よく見てればもうちょいゆっくりのが歩きやすいかなーとか……隣並んで歩いてるからこその、いろんなことが分かるよ」
「……見る…」
「そうそう。見る」
「じゃ、じゃあ…その、優しく、頭撫でてやるって……どう、やれば」
「………」
「あいつ、菅原さんに懐いてるし…なんつーか、そういうの分かるかと…」
「………」
「だから、その目やめてください」
「じゃあ1回、手本見せてやろうか」
「手本?」
「うん」

(なでなで)

「……………」
「ビミョーな顔すんなよ、俺の心ん中も今ビミョーだから」
「えっと…」
「女の子の頭撫でるなら、今くらいの力加減かな」
「え」
「じゃあ、ぎゅーってしてやれば? そしたら自然に頭の後ろに手添えたりするから、そんとき撫でてあげるとかさー」
「……」
「……さすがに、優しい抱きしめ方〜とかは説明しようがないからな?」
「はあ…」
「ま、慣れだよ慣れ。いっぱい撫でてりゃ、力加減とか分かるようになるって」

「スガ、お疲れさん」
「んー」
「長かったな、何の話だったんだ?」
「……ちょっとなー。確かにうちの部のメンツでなら、俺が一番聞きやすかったんだろうけど」
「…影山の頭、撫でてたみたいだけど」
「あー……言っていいのかな…」
「別に、影山本人に言ってからかったりしないって。吐け吐け」
「……なまえちゃんに歩幅合わせてやりたいから、合わせ方教えてくれって」
「「「……」」」
「あと、優しく頭撫でてやるにはどうしたらいいかって。だから、とりあえず力加減を教えといた」
「「「……」」」
「だよな、その顔になるよな。俺もなった」
「影山…」
「あ、田中とかに絶対言うなよ? 絶対影山のことからかってケンカになるから!」
「ああ…」

***

(その頃青城)

「あの」
「あ、国見ちゃんやっほ〜」
「何ですか、あのライン」
「既読無視したくせに気になってたんだ」
「返すの面倒だったんで。…あれ事実ですか」
「事実だよ? 俺に連絡よこすってことは、トビオちゃんなりに必死だったんだなー」
「………」


(及川への相談内容は、及川によって北一中出身メンバーに瞬く間に広められたという)

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