サボるか。甘い苺ミルクをストローで口一杯に吸い込みながら、私はそう決断した。この時間なら、きっとあそこには誰もいない。静かに昼寝ができるだろう。

 机の上から携帯だけを取り上げ、制服のポケットへと突っ込む。そういえば今日は風が強かった。常備してあるブランケットも持っていこう。準備万端で立ち上がると、友達から「苺ミルクだ! ひとくち」とねだられる。残りも少ないので紙パックをそのまま彼女に渡し、「全部飲んでいいから適当に先生に言っといて」と告げた。好物の苺の香りに笑顔で頷く友達に手を振り、教室を出る。

「よかった、鍵あいてる」

 たまに先生が鍵をかけているからなぁ。独り言として呟き、チャイムの音を聞きながら重いドアを開ける。そこには、あまり顔を合わせたくなかった相手がいた。

「……おお、マジで来た」
「うげ、テツ」

 黒尾鉄朗。私を見た途端、眠そうな目を一瞬見開いたけれど、すぐにいつもの顔に戻って間抜けな欠伸をして見せた。この男、まさか私がこの授業をサボると読んで待ち伏せしていたのか。私がマネージャーとして所属しているバレー部の部員、しかもキャプテンであるこの男と鉢合わせるとは……コーチや監督に知られたらどうしよう。授業くらいちゃんと出ろと、コーチの拳骨を食らうかもしれない。

「うげって何だ。喜べよ、俺だぞ」
「コーチには言わないで」
「…俺もサボってるから言えねーよ」

 そうだ、よく考えたら彼もサボり真っ最中じゃないか。それにしても、何故ここにいるのか。わざわざ屋上に来なくても、授業中そのでかい図体を隠すことなく眠りこけているくせに。視線で私の疑問を察したらしい彼は、ああ…と呟いて簡単に説明した。

「お前来るだろうなって思ったから」
「は?」
「…なまえは今日はここでサボる気がした、だから来た」
「……」
「お前の考えそうなことくらい分かるんだよ。俺だから」

 にやにやと嫌な笑みを浮かべながら「座れば」と促され、立ったままだったと気付く。とりあえずテツを数秒睨み、諦めて隣に腰を下ろした。やっぱりここは風が強い。ブランケットを持ってきて正解だったな。

「今日ちょっと寒くね?」
「私は平気」
「……なまえお前、隣で俺が寒いっつってんのに、自分だけあったかそうにしてんの何とも思わねーのかよ」
「思わないね」
「……」

 ブランケットを肩に掛けてぬくぬくと即答した私を、今度はテツが睨む。ふいっと顔を背ける気配がした。……諦めたか。そう判断してブランケットの端を握る力を少し緩めたのを、数秒後に激しく後悔することになる。

「何してるの、テツ。離して」
「いや寒いから」
「いやいや寒いからじゃないから」
「入れてくれてもいいだろ」
「ちょっと無駄に動かないでよ寒い」
「…それはつまり、寒いから俺にぴったりくっついててほしいと。そういう意味か?」
「は? 頭大丈夫?」
「心底可哀想なものを見るような顔で俺の頭を撫でるな」

 元からそんなに大きいサイズではないブランケットは、私だけでなく長身のテツも一緒に包むとなると、さすがに長さが足りない。おかげで隙間風が寒いことこの上ない。「あ」と声を上げたテツは、ブランケットごとおもむろに立ち上がると、私の背後に回った。そして座り込む。私の真後ろに。

「………何? ブランケット返して」
「ん」
「…その手は何」
「飛び込んで来い」
「は?」
「抱っこしてやるって言ってんだ」
「…は?」
「いーから」

 ぐいっと引っ張られた次の瞬間には、もうテツの腕の中、足の間にいた。後ろから抱え込まれるような体勢に、心の中は穏やかではなくなる。なんだこれ。

「ちょ、テツ」
「ほらな? 俺はブランケットであったかいし、お前は俺の体温であったかいだろ。これでよし」
「いやちょっとよしじゃなくて」
「誰も来ねーし見てねーし、いいだろ」

 有無を言わさない笑みに丸め込まれ、もうどうにでもなれと胸板に背を預ける。よーしよしよしと頭を撫でられた。…なんだこれ……。

「………こんなの、ほんと誰にも言わないでよね。サボりってだけでも、コーチたちに知られたらと思うとちょっと怖いのに」
「……俺は言わねーけど」
「けど、何」
「…今ここでサボってんの、うちのクラスで席まで隣同士の俺とお前だけだってこと、分かってる? なまえちゃん」
「………」
「カンチガイとか、されちゃったらどーするよ」

 意地悪く囁かれた一言に、ぞっとする。
 教室に戻ったら、友達に何を聞かれるだろうか。人の恋バナが大好きな彼女たちが、にやにやしながら冷やかしてくるかもしれない。今私の背後にいる、この男のように。

「……いっそ付き合ってみる? 俺と」
「………」
「おーおー真っ赤になっちゃって。可愛いねぇ」

 ――真っ赤で何も言わないってのは、肯定と思っていいか?

 私の返事も聞かずに顔を近づけてきた彼を、ここで拒めなかった私を殴りたい。
 にやけた彼にしっかりと手を握られて教室に戻った私は、予想通り友達に囲まれる羽目になったのだから。



(学校10題より:01.屋上)

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