夜明けまで私の王子さま
気配を消して行動しているが強烈な存在感――と書いて威圧感と読む――がある人物こと、会えた日は吉日になる男、カミーユ。
端正な容姿は本人の耳に入らない距離から持て囃されて、ひとたび威圧感が取り払われれば周囲の二度見をどこへ行っても誘っている。本人にとって外見は単に他者との距離を保つのに役立つ手段の一つようなものらしい。
そんな男があからさまなラッピングの施されたプレゼントを持っていると周囲の空気をうわついたそれに変えてしまう。その中心に居れば気配を消すのは不可能に等しい。上等な包装はそれだけで渡す相手を思いやる彼の愛情を周囲に知らしめているようなものだから。
スケジュールの合間を縫って帝江号を訪れるカミーユはしばしばそのように人々の視線を奪う。おそらく管理人宛てだろうと、誰もが自分たちの指導者と彼を結び付けて考える。普段わかりにくい男が彼の前ではありえないほどわかりやすく――そして扱いやすくなるので。
セシュカが手配したものとは異なるそれは、彼が時間をかけて手ずから選んだ贈り物を管理人へと渡すために必要なプロトコルの一種だ。幾重にもベールを重ねて自らを隠す男が、物に彼自身を託して心を明け渡すための必要な準備であり、ある種の防衛反応。そんな手順は彼を前に不必要だとわかっていながらも、カミーユはその認識ごと管理人に丸投げにする。
(――そういった不器用な甘えだとは、わかっているけど)
健気な男がいじらしく毎度丁寧にそのプロセスを踏んでいる事実が、もはや気を許した相手への甘えに留まらない愛情に思えてならない。愛おしくて仕方ない。
つんつんと指先で水面をつついて波紋の広がりを観察する用心深さとは裏腹にカミーユのプレゼントは非常にわかりやすい。
後生大事に取っている鍵を精巧に模したレプリカや、寒冷地にもってこいのなめらかな手触りのストール、眷属と管理人が戯れる瞬間を収めた写真など、とにかく彼の一途な愛がこれでもかと詰め込まれている。今回は一体何をくれるのか。
そわそわと落ち着かない様子のカミーユの前髪を梳かしながらラッピングのリボンの表面を撫でた。
「開けてもいい?」
「もちろんだ……私の許可など必要ない」
心地良さげに目を細めたカミーユが甘えたように指先に擦り寄る。長い前髪を耳にかけてやってから、そっと耳を一撫でした。
「ん……」
喉が震えただけの声にならなかった音が室内に溶けていく。次いでリボンが解ける音が続いた。
「これは……君とお揃いの手袋、かな。手触りがいいね」
「気に入ってもらえると嬉しい」
「うん。ものすごく。この服に馴染む色合いだね」
「君の普段着と調和するように私が選んで仕立ててもらった」
「オーダーメイドってこと? 君って本当に……。ありがとう、大事に使うよ」
ぽんぽんと頭をなでると、カミーユはほんのりかすかに頬を染めた。前髪を耳にかけているからよく見える、彼の赤い目も。
光を直視したみたいに目を細めたカミーユの目元に指の背を近づけると、やはり薄い頬肉はいつもより熱を持っていた。
罪人を追う生活、あるいは追われる生活ですっかり固まっていた彼の態度が自分を前にするとふわりと優しくなるのがいとおしい。もはやとろけている。
きめの細かい頬のなめらかな感触が心地よく、頬から顎まで繰り返し撫でていると、カミーユがその手をそっと下からすくいあげて恭しく口づけた。
「どうしたの?」
「私の手で手袋を嵌めても良いだろうか」
「君が言うならお願いしようかな。……顔を好き勝手されるのは慣れない?」
「その、いつまでも触られると少し……」
尻すぼみに消えていった言葉の代わりに表情が続きを語っていた。ちら、ちらと目線に落ち着きがない。けれど手だけは離されないまま添えられている。
「恥ずかしかったならやめるよ」
「……そうしてくれるとありがたい。では管理人、手を」
もったいぶるような手つきを手を引かれて、カミーユの太ももの上に置かれる。空いた両の手で女性用の手袋を持ち上げて嵌めやすいようにしてくれたところに、促されるまま片手を入れると、手首までしっかり覆われたのを確認したカミーユが両手でその手を包んでくれた。
「うん。よく合っている。私の目は間違っていなかった」
「専属モデルで生きていけるような人に言われると照れくさいなあ」
「なぜ?」
小首を傾げて管理人を見つめる彼はどんな時でも絵になる。管理人の言葉を待ちながら、カミーユは静かに指を絡めては試すように離れるのを繰り返していた。
「平凡な見てくれを美人に褒められると照れてしまうのは不思議じゃないでしょう」
男性を美人と評するのは適切かどうか迷ったけれど、目覚めてから今までの逢瀬で抱いた素直な印象だった。
「……ありがとう、と言うべきだな」
「なぜ? プレゼントをもらったのはこっちなのに」
「あなたが、本音で言っているのだと理解したからだ。他人からその言葉を向けられる時は裏がある気がして、言われた通りに受け止めることなどできない」
それらの言葉は決して社交辞令だとは思わないが、管理人はカミーユの言葉を否定も肯定もしないでおいた。少なくとも帝江号の艦内で彼に向かう視線は悪意など込められていない。外見以外にも武術や巫術の腕に羨望の目を向ける人は少なからずいる。
そして今、カミーユは彼らと同じ目で管理人をまっすぐ見つめていた。涼しげな目元が隠れていないのはやはり良いものだと再確認した。
「君は、いつも驚くほど純粋に私の言葉を受け止めるね。言葉だけじゃなく、どんなことをしても拒む気がないのも、こうして心のこもった贈り物をくれるのも、全身で私という存在を受け入れてくれているのが伝わってくるよ」
「その認識でほとんど間違いはない」
「これは君の行為に対するお礼ね」
触れ合ったままの手を引いて距離を縮め、その勢いのままちゅっと唇を合わせた。薄いそれはざらつきがなく平坦で、本音を言えばもっと味わっていたいのだが、就業時間中にすべきではないと理性が制止する。
名残惜し気に音を立てて離れた唇にカミーユの視線は釘付けになっていた。
「か、管理人……」
「今はこれだけしかできないけど、ちゃんとしたお礼は今度させてね」
ごきゅ、とカミーユの喉が不自然に動いだ。息をのんでいたらしい。そんなところも好ましいと管理人がいとおし気に喉仏の近くを撫でると、カミーユは咳払いをして距離を取った。
「――私を、職務に不真面目な人間にしないでくれ……」
「ふふ。させるつもりはないし、私もなる気は全くないよ」
最後に、また夜に会おうとだけ告げて、船室を離れるカミーユを見送った。
普段男性管理人を動かしているため、女性管理人の口調が不自然でもご容赦ください。