いつも澄み切った青を写していた空が、よりによって今日は鉛を沈めたように重く淀んだ色をしている。年季の入った古びた長椅子に腰掛けてかれこれ1時間は経っただろうか──私は今、地球の中心である江戸にある"ターミナル"、そこへ向かう宇宙船を待っていた。幼い頃からずっと憧れていた、この宇宙全ての中心都市──江戸へ。
 期待に膨らむ感情こそなければ、このような何も無い上に寒い発着場に待てる者などおるまい。また、辺境に存在する星故か、私以外に宇宙船を待つ者の姿は誰1人とて見えない。

「船、本当に来るのかな……」

 思わず零れた独り言は無音に呑まれた。
 濁る空の遥か彼方を細目で見やっても、同じ色彩がただひたすらに続いているだけで、何かがやってこようとする気配もない。これで宇宙船が来なかったとなると、お祝いの場を開いてくれた両親と弟には顔向けが出来ないというものだ。
 そこはかとなく僅かな寂寥を感じ、ボストンバッグを自身の右隣に密着するように寄せた。

「(今日から独り立ちなのに、幸先良くないな……)」

 "独り立ち"──それは、私達の種族"偽体族"に古くからある風習の事を指す。簡単に言えば、成人したその日から故郷を離れて暮さなければならない、というものだ。
 事の発端は数百年前、私達は、身体や手、髪などのパーツを、様々な物や人に変えられることが出来る稀有な種族である。この力を商売にと企んだ当時の他天人に住処を襲撃され、半数以上が奴隷や売り物として連行された。この事件から、少しでも種族の存命を望む為に独り立ちという風習が生まれたそうだ。
 今では数が少ないという事もあり、偽体族を認識している天人を探す方が難しい程に知名度は皆無である。マイナー中のマイナーなのである。襲われる心配も不安もないだろうに、この風習は現代でも途絶えてはいない所が不思議な点だ。

「わ、強い風……!」

 突如としてふわりと冷たい風が黒髪を激しく揺さぶった。もしや。脳内で巡った糸が絡む感覚──反射的に顔を上げれば、頭上には巨大な塊がゆっくりと着陸する光景が目に入った。轟音を響かせ、奇妙な形をしたそれは膨大な風圧と巨大な機械音を纏いながら、広大なだけで何も無い野原へと降り立った。

「お、おっきい……」

 着陸時の風で長椅子が弾け飛んでしまうのではないか、と不安に駆られたが、杞憂であったようだ。顔自体を動かさねば、全体が見えぬ程に巨大な鉄の塊。これが宇宙船だというのか。あまりに想像を絶する大きさで、ひたすらあんぐりと口を開いたまま傍観してしまった。

「あの、お客様……」
「あ、はい!すみません、今行きます!」

 開いていた入口から、不安そうに姿を現す客室乗務員の声にはっと我に帰り、慌ててボストンバッグとキャリーケースをひっしと握り締めて階段を駆け上り、中へ急いだ。