『──大変お待たせ致しました。江戸、江戸でございます。本日は御利用、誠にありがとうございました。素敵なご旅行になりますよう、職員一同お祈り申し上げます────』

 女性の柔らかいアナウンスが機内に響き渡り、それを合図に各々が手荷物を持ち、立ち上がる。かくいう私もその一人で、様々な天人や人で連なる行列の中にそっと姿を忍ばせた。
 なかなか進まない列の中、先程までの快適な宇宙の旅を思い馳せる。遠くから見た地球はまるで青い宝石の様で大変美しいものだった。黒い宇宙がまた輝きを引き立てていて、絵画を見てるのではないかと何度も目を擦った事だ。その時、ちらっとガラスに写った私の顔は、まるで新しいおもちゃを与えられた小さな子どものようで、自分事ながらに少し恥ずかしかった。

「御利用ありがとうございました。最後に、お客様の身分証明書を確認しております。お手数をおかけ致しますが、ターミナルの治安維持の為にも、皆様の御理解と御協力の程、お願い致します」

 宇宙船の出口付近には、柔和な微笑みを携える女性の職員の姿があった。彼女の右手には、読み取り機器の様なものが握られている──どうやら彼女に身分証明書を提示し、あの機械でどのような人や天人が乗降したのか記録しているようだ(私の星では考えられない……)。江戸の文化や技術には全く驚かされてばかりである。
 しみじみと驚いていれば、いつの間にかに私まで順番が回っていたようだった。慌てて財布から地球用の天人証明書を取り出し、目の前の職員にそっと差し出した。彼女は尚もにこやかにありがとうございます、と鈴のような声で証明書を受け取り、流れるような動作で手続きを進めていく。
 そしてぴぴっと聞き慣れぬ機械音が鳴ると、彼女は少し驚きを含んだ表情で私を見やった。

「お客様、大変申し訳ございません。この機械(からくり)にお客様のご種族のデータベースが無いようです。登録をさせていただいて宜しいでしょうか。ご種族の読み方だけですので……」
「あ、はい。偽の体とかいて"ぎたい"、と読みます」
「畏まりました。偽体族、ですね……」彼女は読み取り機器に継がれたパネルに素早く何かを叩き込む「──データへ追加させていただきました。お時間かかってしまって申し訳ございませんでした。ごゆっくり、地球をお楽しみください」
「いえ、こちらこそ。ありがとうございます」

***

「絶滅した筈の偽体族、か……」

2017.0504.