機内から出た私は長い通路を歩きに歩き、やっとターミナルの中心であるセンターホールへと辿り着いた。ちなみに故郷から持ち込んだ荷物、キャリーケースとボストンバッグはまたまたハイテクな機械によって手元に到着済みである。機械に手をかざせば、静脈──手の平にある血液の管だそうだ──を感知し、荷物が保管されている倉庫から静脈で検知した情報を元に、持ち主の元へ空間転移されるというもの。人間と天人の身体の仕組みは違うというのに、どんな姿形の者でもきちんと機能する点にも驚いた。人間は余程頭が良い種族なのだろう。

「すごい……。これが、地球……」

そして、激しい光量と共に視界に映ったのは、大勢の行き交う人間、澄んだ空に豊かな町並み──なんて凄まじい数なのだろうか。ホールを歩く人だけで江戸中の人間が集まっているかのような錯覚に囚われる。つい、ガラス張りの窓から見える純和風の景色に思わず視線が釘付けになってしまったが、探究心をぐっと抑えて向かうべき場所へ歩を進めた。
天人専用の古民家──それは故郷出立前、地球での居住地の確保に骨を折っていた時、ネットにて偶然見つけた施設のことだ。様々な理由で地球に来た身寄りや居場所のない天人達に、ノウギョウという仕事を与えながら自立を促す──という支援を目的とした団体であるらしい。すぐ様、その施設へ手紙を書き(当時は地球へ電話が出来なかった)、何度かやり取りを重ねに重ね、今日この日から住み込みで施設に入所となったのだ。

「(楽しみだな。向こうにはどんな人や天人がいるんだろう……)」

果てもない自分なりの空想を頭で描きながら、開いたエレベーターに流れるように乗り込んだ。持っている荷物が乗り込む際に邪魔にならぬよう、小刻みに身体を動かし自分のスペースを確保する。
しん、と静まり返る空間に、ぼんやりと降下する感覚を覚えながらも、何処もない場所をひたすらに見つめ続ける。来たばかりだというのに、もう既に地球の一員となっているのが不思議でしょうがなかった。

『──お待たせ致しました、一階です』

無機質なアナウンスと共に告げられる階数を合図に、動き始める人と私。他の人よりも荷物が多い私は先に出ようと、両肩に力を込めた──筈であった。

「……おい」

耳元で微かに聞こえた男性の声、と認識したと同時に首元に押し付けられた異物の冷たさがやけに染みた。背後から襲う明確な敵意と違和感は、戦いなど何も知らぬ私にもよく理解できる。これは命の危機である、と。気付かれぬように横目で見れば、銀色の細長い刃物がそっと私の首元に宛てがわれており、残酷すぎる現実に、思わず意識を飛ばしてしまいそうになる(嘘、嘘……!)。
私は今、見知らぬ人間に後ろから刃物を首元に添えられているのだ──そう理解すれば、気持ちの悪い汗が身体中からどっと溢れ出るのを感じた。何も知らず、次々とエレベーターを出ていく人々。助けを呼ぼうにも喉は乾き切っており、唇も震えていてとても声は出そうにない。なおかつ、心臓の鼓動は尋常ではない程に早く、中から外へと伝わるその振動で胸が張り裂けてしまいそうであった。やがて唇の震えが手首にも渡り、どさりと持っていた荷物らは重力に従い落下し、足元に転げ落ちた。

「……偽体族の女。命が惜しいなら俺と共に来い。少しでも逃げる素振りを見せれば、すぐ様その首を掻っ切ってやろう」
「……!!」

ただひたすらに頷き、同意を示す他なかった。滲む視界と脳裏に映る家族達─地球は選んでしまったのは、大きな間違いだったようだ。しかし、悔やんでももう遅すぎる。ごめんなさい、心の中で謝罪の言葉を述べながら、男と共にターミナルを後にしたのである。

2017.0505.