もし原作軸に夢主がいたらA

人食い虎の件も解決し、何時もの日常が戻って来た。今日も今日とて仕事である。
今日は朝から太宰さんから変な電話が掛かってきた。死にそうとか自分で抜け出せなくなった助けてとか何とか云っていたが、何時もの事である為そうですかと流した。電話が掛かってきた時に今度の仕事で必要な書類を印刷していたのだが、丁度そのタイミングでコピー用紙が切れてしまったのでついでにコピー用紙の購い出しをお願いしておいた。
そういえば今朝、社員寮を出る際に嬉々とした表情でドラム缶を転がす太宰さんを見かけた。見なかった事にしてそのまま出社して来たのだが、自分で抜け出せなくなったって事は、真逆あれに入ったとか嵌ったとかそういう事?また新しい自殺法か何かだろうか。
そうこうしているうちに時間になった為、今回の件に欠かせない存在である太宰さんともう一人を国木田さんと共に迎えに行く事になった。だが探偵社と社員寮までのルートを歩いているというのに一向に見つからない。ちらりと横目で隣を見れば国木田さんが苛々し始めていた。

「全くあいつは何処をほっつき歩いているんだ…!」
「近くには居ると思うのですが…行き違いですかね?」
「それは無いだろう、良くも悪くも奴は目立つ。見間違う筈が無い」
「まぁ、あの格好は目立ちますよねぇ…」

あの長身に砂色の外套、それに加えて首や腕の包帯という格好は本当によく目立つ。国木田さんの云う通り見間違うとか見逃すという事は無い筈なのだが。
きょろきょろと辺りを見渡しながら通い慣れた道を歩く。少しの間そうしているとよく似た背格好の人が歩いているのを見つけた。「任せ給えよ我が名は太宰。社の信頼と民草の崇敬をーーー」本人だった。よく見れば隣に探偵社の皆で見繕ったあの衣装を着ている敦くんが居る。
居ました、と云って彼らに向かって指を刺せば国木田さんが「ここに居ったかァ!この包帯無駄遣い装置!」とつかつかと彼らに詰め寄った。包帯無駄遣い装置…。

「……国木田君今の呼称はどうかと思う」
「この非常事態に何をとろとろ歩いて居るのだ!疾く来い!」
「朝から元気だなあ。あんまり怒鳴ると悪い体内物質が分泌されてそのうち痔に罹るよ」
「何、本当か!?」
「メモしておくといい」

息をするように嘘を吐くなそして国木田さんはそれを信じるな。
色々突っ込みたい要素満載の会話内容だったが、私が入社した時にはもうこんな感じだった。今ではいちいち突っ込むのも疲れたと云うか慣れてしまった。毎回この手に引っかかるけど気付かないのかな…と本当にメモを取り始めてしまった国木田さんを見て思う。
すぐに太宰さんが「嘘だけどね」と云い国木田さんが太宰さんをぼこぼこにし始めた。ドカスカバキとか結構危ない音が聞こえる。私はこの光景を見慣れてしまったが敦くんは若干引き気味だ。

「…祈さん。若しかして何時もこうなんですか」
「………………大丈夫、すぐ慣れます」
「ええ……」

暗に放って置くしかない事を伝えれば更に引かれてしまった。良い歳した大人がこんな事してればそんな反応にもなるよね。ごめん。て云うか周りの人達にも見られてるから正直恥ずかしい。今だけ他人の振りをしたい。
暫く二人の様子を見て国木田さんがある程度太宰さんをぼこぼこにした所で敦君が口を開いた。

「あの……『非常事態』って?」
「そうだった!探偵社に来い!人手が要る!」
「何で?」

「爆弾魔が人質連れて探偵社に立て篭もった!」

***

「嫌だァ……もう嫌だ……
ぜんぶお前等の所為だ……『武装探偵社』が悪いんだ!社長は何処だ、早く出せ!
でないとーーー爆弾で皆吹っ飛んで死ンじゃうよ!」

あちゃーと太宰さんが声を漏らす。
皆で急いで探偵社に向かえば、爆弾魔ーーー役の谷崎くんーーーが人質ーーー役のナオミちゃんーーーを取って立て篭もっていた。爆弾のスイッチを持って机に座り、辺りを警戒している。

「犯人は探偵社に恨みがあって社長に会わせないと爆破するぞ、と」
「ウチは色んな処から恨み買うからねぇ」

谷崎くんの足元にはナオミちゃんが口を塞がれて縛られ、その隣には爆薬が置かれていた。爆薬の側面にタイマーを表示する箇所があるのが見えたから時限式だ。
今は何も表示されていないが、谷崎くんがあのスイッチを押せばカウントダウンを始める仕掛けになっている。流石に爆発はしない。間仕切りの観葉植物の影から彼の様子をこっそり覗き見る。隣を見ればうわあとでも云いそうな表情をした敦くんがいた。どうやら本当に爆弾魔が人質を取っていると思っているらしい。

「うん。……あれ高性能爆薬だ。この部屋くらいは吹き飛んじゃうね。
爆弾に何か被せて爆風を抑えるって手もあるけど……この状況じゃなぁ」
「どうする?」
「会わせてあげたら?社長に」
「殺そうとするに決まってるだろ!それに社長は出張だ」
「となると……人質をどうにかしないと」

と云うと、急にばっと太宰さんと国木田さんが構え始めた。誰が助けに行くのかじゃんけんでもして決めるんだろう。敦くんとその様子を黙って見ていたかったのだが。

「何を呆けている雪村。お前も参加しろ」
「……えっ。私もですか」
「お前も探偵社の一隅だろう。当たり前だ」

えー…と渋っているとほらほら早く、と太宰さんに急かされる。わざわざ私が出るまでも無いでしょうに。仕方なくなるべく音を立てないよう静かに三人でじゃんけんを始める。
一回目、あいこ。二回目、あいこ。三回目……私と太宰さんがパー、国木田さんがグー。にたあと笑う太宰さんと悔しがる国木田さんと、参加する意味結局無かったじゃん…と無表情の私。
国木田さんが負けて彼が出る事になり、物陰から国木田さんを見送る。怒りの表情で谷崎くんの元へ向かう国木田さんから「チッ」と舌打ちする音が聞こえた。

「おい、落ち着け少年」
「来るなァ!吹き飛ばすよ!」

近付けば押すぞ、と云わんばかりに谷崎くんが威嚇してきた。凄い、迫真の演技だ。国木田さんが両手を上げて攻撃する心算は無いと意思表示をする。

「知ってるぞ、アンタは国木田だ!アンタもあの嫌味な『能力』とやらを使うンだろ!?
妙な素振りをしたら皆道連れだ!」

谷崎くんが話した内容を聞き、まずいなこれは、まずいですね、と太宰さんと顔を見合わせる。

「あの少年、探偵社に私怨を持つだけあって社員の顔と名前を調べてますね」
「社員の私達が行っても余計警戒されるだけか……却説どうしたものか」

うーんと二人で考える振りをし、傍らに座る敦くんを見遣る。
私達の視線に気付いた敦くんを見て太宰さんがにやあと悪い顔をした。私は、先刻の私達の言葉聞いてたよね、つまりそういう事だという意味を込めて敦くんの肩をポンと叩いた。
敦くんは何を悟ったのか顔を引攣らせた。



「や、やややややめなさーい!親御さんが泣いてるよ!」

視線の先には、そう叫ぶや否や何だアンタっと谷崎くんに怒鳴られて怯える少年が立っている。
と云う訳で巧く敦くんを前に出す事に成功した。無理ですよ!と嫌がる彼を唆すのは一寸だけ心が痛んだが必要な事だから仕方ない。吃りながら谷崎くんの説得を試みる敦くんを後ろから見て心の中で応援する。生きてれば好い事あるよ!とか虫ケラだって生きている!などと云って説得(?)している。正直聞いていて涙が出そうだ。
敦くんの必死な様子に谷崎くんが本気で戸惑っている。彼の意識が完全に敦くんに向いた処で太宰さんが合図を出し、国木田さんが動いた。

「手帳の頁を消費うからムダ撃ちは厭なんだがな……!」

異能力・独歩吟客。
国木田さんが表紙に理想と書かれた手帳を取り出し、急いで何かを書いたかと思えばその頁を破り取る。破り取られた頁は彼の左手の上で浮遊して光を発し、忽ちその姿を鉄線銃に変えた。
国木田さんはその鉄線銃を手にすると躊躇なく引き金を引く。銃口から先端に銛の付いた鉄線が高速で発射され、瞬く間に谷崎くんの手から爆弾のスイッチを奪う。彼の手から離れたスイッチは乾いた音を立てて床に落ちた。突然の事に動揺した谷崎くんの口からなっ……という声が聞こえた。

「確保っ!」

油断した谷崎くんの隙を狙って国木田さんが彼に接近して蹴りを食らわせる。ゴッ、と鈍い音がしたすぐ後に何かが床に叩きつけられる音がしたと思えば、谷崎くんは国木田さんに取り抑えられていた。凄い痛そう。
身を隠す必要も無くなり、一丁あがり〜と太宰さんが間仕切りの陰から出て行く。続いて私も立ち上がればほっとする敦くんの姿が見えた。
必要な事だったとはいえ、怖い思いもさせた事だし声でもかけようかと敦くんに近付こうとした処で彼が何者かの手で押され、倒れる姿が目に入った。あっ、と思うのと同時にビタンッと敦くんが盛大に倒れた音と、「ピッ」という音がした。

「あ」
「あっ」
「「あ」」

敦くんが倒れた拍子にスイッチを押してしまい、爆弾がカウントダウンを始めてしまった。敦くんが掴んだ爆弾のタイマーには00:05と表示されている。
突然の事に敦くんは叫んで完全に取り乱していた。そうこうしている内にも爆弾のカウントダウンは進む。
残り3秒、といった処で目の前で起きた光景に目を疑った。敦くんが爆弾に覆い被さったのだ。ピッ、とその間にもまたタイマーの数字が小さくなる。

「「莫迦!」」

真逆の展開に今自分の置かれた立場も忘れて叫ぶ。残り2秒、1秒。思わず飛び出す。ピッ。爆弾のタイマーが遂に00:00と表示された。ぎゅっと何かに耐えるように目を瞑る敦くんは動かない。
…。
………。
………………………。
暫くの沈黙の後、敦くんが恐る恐る目を開ける。見上げる彼の前には私、国木田さん、太宰さん、それから谷崎くんが立っている。何が起こったのか判らない様子で敦くんは目の前に立つ私達を見上げていた。

「やれやれ……莫迦とは思っていたがこれほどとは」
「自殺愛好家の才能があるね、彼は」
「へ?…………え?」

すると「ああーん兄様ぁ!大丈夫でしたかぁぁ!?」と放心する敦くんの横を駆け抜けナオミちゃんが谷崎くんに抱き着く。いい痛い痛い痛いよナオミ折れる折れるって云うか折れたァ!と谷崎くんの悲鳴が聞こえた。
状況が掴めていないのか敦くんがその様子を見て「……へ?」と気の抜けた声を漏らした。爆弾が爆発しなかったのもそうだし、爆弾魔と人質だと思っていた二人が目の前で仲が良さそうに騒いでればまぁ、そうなるよね。

「小僧、恨むなら太宰と雪村を恨め。若しくは仕事斡旋人の選定を間違えた己を恨め」
「そう云う事だよ敦君。つまりこれは一種のーーー入社試験だね」
「入社…………試験?」
「その通りだ」

事態も収まった処で社長がやって来た。それを見て国木田さんや私が頭を下げる様子を見た敦くんがしゃ、社長!?と素っ頓狂な声を上げた。

「そこの太宰と雪村めが『有能な若者が居る』と云うゆえ、その魂の真贋試させて貰った」
「君を社員に推薦したのだけど如何せん君は区の災害指定猛獣だ。保護すべきか社内でも揉めてね。
で、社長の一声でこうなった、と」
「で社長……結果は?」

数秒の沈黙が訪れる。社長は暫く敦くんを見下ろした後、踵を返した。

「太宰達に一任する」

どうやら社長の御眼鏡に適ったらしい。合格だってさ、祈もそれで良いよねと太宰さんに問われたので迷い無く頷く。
…しかし、先刻はこれが敦くんの入社試験という事も忘れて取り乱してしまった。そのくらい敦くんの行動には驚かざるを得なかったのだ。真逆爆風を抑える為に自分自身の身体を使うなんて。
無事に試験も終わってほっと胸を撫で下ろしていると隣に立つ国木田さんがこちらを見ている事に気付いた。

「な、何ですか」
「いや。……お前があそこまで必死になるのも珍しいと思ってな」

太宰と同じ事を云い出すものだから遂に気が触れたのかと思ったぞ、と国木田さんは溜息を吐いたと思うと何処かへ行ってしまった。屹度社長に進言した時の事を云っているんだろう。気が触れたって、流石にその云い方は非道くないか。彼の言葉にはは…と苦笑いする。すぐ近くでは敦くんと太宰さん、谷崎くんとナオミちゃんが何かを話している。
すると敦くんは目の前で急に静かに涙を流して泣いてしまった。少し吃驚したが先程聞こえた彼らの会話から察するに、屹度入社を辞退しようと思ったけれど今の自分が置かれた状況に気付いてしまったのだろう。一文無しで帰れる場所も無い彼が入社を断った途端に待っているのは、社員寮の引き払いと寮の食費の支払いそれからその他諸々の支払いである。そんな彼にとって入社を辞退するなんて選択肢は無いも同然だ。
項垂れる敦くんの側に歩み寄って視線を合わせるようにしゃがめば、私に気付いた涙目の彼と視線が合った。逃げ道を塞ぐようで良心が痛むが彼の入社は正直に云って嬉しい。す、と手を差し出す。

「これからよろしくお願いしますね、敦くん」

彼は私の顔と差し出した手を何度か交互に見ると、恐る恐るといった様子で私の手を握ってきた。彼にとっては不本意だろうが、私は彼の入社が嬉しくて堪らない。弱々しく握り返される手に思わず笑みが溢れる。

「……はい、よろしくお願いします。祈さん」

eclipsissimo