続き

※中也がストーカーっぽい



昨夜の事を思い出し、思わず恍惚とした笑みが浮かぶ。
結局、彼女の口から彼女の名を聞く事は叶わなかった。其処は少々残念だが、今こうして彼女は俺の目の前ですうすうと寝息を立てて眠っている。最も、安心して眠っている訳ではなく、疲れによる所が大きいが。彼女が思いの外暴れるので少々手荒になってしまい、彼女の体のあちこちに傷が残ってしまった。だがそれが自らの支配欲を満たしてくれ、思わず笑みが零れる。涙の跡が残る頬に手を滑らせ、親指で跡を消すように優しく拭う。
俺の心は目の前の彼女にもうとっくに奪われていた。彼女は俺の事をよく知らないのかもしれないが、俺は彼女をよく知っていた。名前も、職業も、何もかも。彼女の事を調べ尽くし、接触を何度も試みて漸く捉える事が出来た。
出来れば彼女の口から直接色々聞きたかったが、彼女の抵抗が案外強く何も聞けなかった。思ったより強気というか、芯がある所には驚いたが嫌いじゃない。
それにしても昨夜の反応は良い収穫だった。彼女の頬に滑らせていた手を移動し、目尻に溜まった涙も拭う。嗚呼、こんなにも無防備な状態でこんなに近くに彼女が居る事に満たされた気持ちになる。このまま彼女が眠っている隙に接吻の一つでも落とそうか、と思っていた所で彼女の睫毛が震え、ゆっくりと瞼が開かれていくのが見えた。
「起きたか」却説、どう反応するだろう。瞬きを数回繰り返した彼女がやっと俺に気付いたようで、ぼーっと俺を数秒見つめてきた。意識はまだ完全に覚醒していないらしい。
可愛い、可愛い、可愛い。するするとそのまま指の背で彼女の頬を撫でる。彼女が完全に目覚めていない事を善い事にその行為を繰り返していると、今の状況に気が付いたのかハッと目が見開かれ乾いた音と共に勢いよく手を払い退けられた。

「い、嫌……っ!!」

彼女は起き上がると昨夜と同じように暴れ出し、俺から逃れようとしてきた。すかさず覆い被さるように押さえつけ、逃げられなくする。その際に彼女が既に涙目になっている事に気が付いた。
また泣かせちまったか。彼女の手首を掴みながら小さく息を吐く。泣かせる趣味は無いのだが、話をしようにも彼女が抵抗するものだから無理矢理にでもこうするしかない。俺のした事は彼女に強い恐怖を植え付けてしまったらしく、彼女は俺を振り払おうと必死になっている。

「おい、暴れるな。何もしねェから」

その言葉に説得力が無い事は自分でもよく判っているが、少なくとも今は彼女に乱暴する気は更々無かったのは本当だった。だが俺の胸中を彼女が知る筈も無く、彼女の抵抗は更に増すばかりで押さえつける力も強くなっていった。
嫌だ、来ないで、と今でもか細い声で俺を拒む彼女にほんの少し苛立ち、無理矢理その唇を自分のもので塞ぐ。それでも尚暴れたが、相手の口が開いた瞬間に自分の舌を滑り込ませればびくっと身体を跳ねさせた後抵抗は見るからに弱くなっていった。
その反応すら可愛くて、愛おしくて密かにほくそ笑む。静まった筈の熱が再び昂り出す。
目の前の彼女はぎゅっと目を強く瞑ってされている事に只管耐えているようだった。先程俺が消した筈の涙の跡がまた見え、その跡をなぞるように涙がまた流れていくのが見えた。
それに思わず内側で熱がくすぶり出し、行為は止まる事無く激しさを増していく。それに反比例するように彼女の抵抗は弱まっていった。互いの唇が離れ、息が上がる頃には彼女はすっかり大人しくなっており、反抗する力も残っていない様だった。

「悪ィな」

そんな事露程も思っていない癖に。我ながら自分の悪人さ加減に思わず笑みが浮かぶ。ありありと恐怖の表情が浮かんでいる彼女にとってはさぞ悪魔の笑みに見えただろう。
暫くはこうする事でしか彼女を大人しくさせる方法はまず無さそうだ。目論見は外れ、本当はこんな乱暴なやり方などしたくなかったが、こうして彼女を囲い込めた今となっては何も焦る必要は無い。
こうして閉じ込めておく事で彼女は他の男の目に映る事も、話しかけられる事も、関わる事ももう無い。彼女はただ自分の為だけに在る。その事実だけで心も欲も何もかも満たされる。

まぁ、今はすっかり怯えられてしまっている訳だが、何、問題は無い。
時間はかかるだろうが、いずれ心も手に入れてみせる。