手に持った小刀は抵抗される事なく、吸い込まれる様に彼の脇腹に深々と突き刺さる。じわりと彼の紺色の着流しを紅色の液体が染め上げて、驚いた様に目を見開く彼の瞳に映る俺は、酷く満ち足りた顔をしていた。
 ごぶりと水音が響き、口から紅を吐き出す彼の、力なく沈んで行く身体を本当に沈んでしまわない様に優しく優しく抱き締める。


「...ぎ、ゆ..?なん、で....」


 小刀を刺したままの俺の手に、力無く手を重ね絞り出す様に言葉を紡ぐ彼は、困惑した様な顔で俺を見つめている。ゆらゆらと危な気に揺れる瞳を見つめ返し、深々突き刺した小刀を一気に引き抜いてやれば、彼はまた紅色を吐き出して、俺に凭れかかる様に身体を預けて細く息を吐いた。
 大きくて逞しい彼。俺よりも先に柱と成っていた彼と、水柱に成ってから合同任務を命じられる事が多かった。
 それは、彼が大柄な見目に似合わず以外と面倒見が良く世話焼きで、常に自分よりも周りを気遣う様な人間だからなのだと思う。口下手で人との付き合いが上手くない俺の事も、彼は良く気に掛けてくれ、面倒を見てくれていたのだ。
 だから、こんな事を彼に対して思ってしまった。
 もう用済みとばかりに投げ捨てた小刀が乾いた音を鳴らし地面に転がったのを横目に、紅色で濡れた其の手を彼の青白い頬に添え、細く吐かれる彼の息を飲み込むかの様に唇を押し付ける。今にも閉じそうな虚ろな瞳で俺を見つめる彼は、唇を重ねても抵抗しない。ついこの間の合同任務では、彼は俺を受け入れる事なく突き返したと言うのに。
 しかし今は違う。彼は俺を拒絶する事なく受け入れてくれたのだ。俺の気持ちを彼は分かってくれたのだ。きっと彼も同じ思いだった筈だ。彼は俺の事を良く見つめていた。彼は少し恥ずかしがり屋なきらいがあるから、あの時は照れ隠しで俺を突き返したのだろう。
 名残惜しく離した自分の唇を舐めれば、舌の上に彼の甘い血の味が転がる。其の甘さに頭が痺れ、身体の奥からじわりじわりと何かが疼く。頬から手を滑らせ、力無く項垂れる彼を強く抱き締めて彼の額に頬を寄せる。


「....愛してる、俺の、俺だけの名前...」