(煉獄さんの継子)


 陽の暖かさが心地良く、ついうたた寝をしてしまっていたらしい。がくりと前に揺れた身体の衝撃で目が覚め顔を上げると、胡座をかいている脚に違和感を感じた。足でも痺れただろうか、いや、痺れる様な変な座り方はしていないだろう只の胡座だぞ。と、そんな事を考えながらふと視線を其処に移せば、俺の太腿に頭を乗せ規則正しい寝息を立てる名前が、いた。
 いつから其処にいたのやら、穏やかに深い眠りにつく其れに思わず頬が緩み、目にかかっていた髪を払い指先で額を撫でる。きらりと光る宝石の様な瞳は、すっかり長い睫毛の内側に成りを潜めてしまっている。
 名前は寝惚けているのか、すりと頬に這わした俺の手に擦り寄った。途端に胸の辺りが熱くなり、心臓が強く締め付けられる様な感覚に陥る。
 この子が愛おしくて愛おしくて堪らない。寝ている姿も可愛らしいが、宝石の瞳に俺を写してあの笑みを向けて欲しい。熱くなった胸の辺りにぐるぐると、愛おしさとちゃちな欲が渦巻く。
 只名前にあの笑みを浮かべて欲しいとは思いはすれど、名前が誰の前でも無防備に何の躊躇いも無くあの、弾ける様な可愛らしい笑顔を向けて人を魅了する事が、酷く俺の心をいつも荒らしている事など名前は欠片たりとも知らないのだろう。
 名前と共に暮らし始めてから抱え込んで来たこの感情を表に出す気は微塵も無い。だが其れでも、名前から笑みを向けられるのは俺だけで、名前の一番も俺だけで良いと思う。名前に俺の気持ちを解って欲しいとは言わない。けれども、名前が俺の方を向いていないのは嫌なのだ。矛盾している、そう自分でも思うが仕方がない。名前はそれ程まで可愛らしく愛おしく独り占めしてしまいたくなるのだから。
 名前額を撫でていた指を滑らして、ふと、思い付いた様に首に手を掛ける。片手でも包み込んでしまえる程細いこの首を締め上げれば、名前は無防備な可愛らしい姿を俺だけに向けたままになるのだろうか。ゆったりとそんな事を考える。
 名前を殺したいなんて事は天地がひっくり返っても有り得ない。だが、もしそれで自分だけの物になるのならば。ぐっと力を込めた手の甲に、薄く青い血管が浮かぶ。


「.....なんてな」


 誰に言うでもなくそう小さく呟いて、首に掛けていた手を外し肩に掛けていた羽織を掛け布団宜しく名前の身体を隠す様に乗せる。柱に寄りかかっていたからか、羽織には少し皺が寄ってしまっていた。
 小さく呻き寝返りを打つ名前は、一向に起きる気配が無い。ごろりと寝返りを打った名前の片頬には、隊服の皺の跡がくっきりと写り、それがまるで模様の様で、思わず笑いを零す。
 其れをするのは、名前が俺から離れようとした時にしよう。今はまだ俺の手で包み込めるのだから、心配せずとも大丈夫だ。
 模様のついた頬をなぞる様に撫でる。上から降り注ぐ陽の光は、ぬるい風呂に入ってるかの様な暖かさだった。