「可愛い髪色だね。とっても素敵だ」


 そう言って目を細めて柔らかく笑う彼に、私の胸はどうしようもなく大きく高鳴って、私の全てまるごと全部、彼に奪われてしまった。

 其の人は苗字名前さん。名前さんは柱では無いけれど、柱と同じくらい実力があって、みんなから慕われていて、それから、笑顔がとっても素敵で、太陽みたいな眩しくてきれいな人。
 私がまだ鬼殺隊に入りたての頃。右も左も分からずただがむしゃらに鬼を狩り続ける私にとって、名前さんは酷く遠くの、雲の上の様な存在のひとだった。同じ隊士の人達は勿論の事、隠の人達からも慕われていて、名前さんの周りにはいつも人が集まっている。本当に太陽の様で、きれいで眩しくて。だから私はそうっと、陰から名前さんと楽しそうに笑い合うひと達を、羨ましげに見つめて名前さんに焦がれる事しか出来なかった。
だって私みたいな気持ちの悪い髪色のおんな何かが彼の近くに居たら、きっと彼までしなくても良い嫌な思いをしてしまう。そう思っていつも後姿ばかり眺めるけれど、それでもいつか、名前さんの隣に立てる日が来たら良いななんて、ばかみたいに叶う訳もない夢を見ていた。
 そんな都合の良い夢に浸かっていたある日の事。偶々立ち寄った甘味処で豆蜜に舌鼓を打ちながら、自身の鎹鴉から初めての合同任務の内容を聞いた時、自分でも驚く程に動揺してしまったのを今でも良く覚えている。
カァカァキィキィ甲高い鳴き声に混じる『苗字名前』と言う名前。まさかまさか、そんな事って、それって、これって、もしかして運命なんじゃないかしら?
 慌てて自宅に駆け込んで、髪を整え化粧をして服装を正して。迅る鼓動を押さえつけ向かった任務先の小さな町の入り口に、私が焦がれてやまない太陽が一人。間違いなく其処に立っていた。


「君が、甘露寺蜜璃ちゃん?初めまして、苗字名前と言います。今回の合同任務、二人で頑張ろうね」


 焦がれて焦がれてやまなかった雲の上の太陽が、手を伸ばせば直ぐに届いて捕まえてしまえる距離にいる。ばくばくと心臓が早鐘の様に打ち付け始め、視界が名前さんだけを閉じ込める。
 初めて名前さんと出会ったこの時に、名前さんはなんでもない事の様にさらりさらりと言葉を紡いでいたけれど、私はその軽く投げ出された言葉に、嫌いだったこの髪色が途端に宝物になって、それから、大好きになった。
 桃色は綺麗な花の色だから好きだと言う名前さんは、その日の合同任務以降会う度に私の髪色を褒めてくれる。その事が嬉しくて、たちまち私は名前さんに、只々焦がれる以上の恋をした。私を素敵だと言ってくれた名前さんに恋をした。
 そんな名前さんは何もかもすてきだけれど、名前さんの髪の色だけはどうにも名前さんには合っていない気がしてならなかった。
 名前さんの艶のある柔らかな黒髪の指を撫でる感触はまるで絹糸の様。それでも、名前さんには似合っていないと思うのだ。太陽の様なきれいで輝く名前さんに、あんな暗い色は似合わない。名前さんには、名前さんが素敵だと言ってくれた私と同じ桃色の方がずっとずっと似合っていて、きれいに決まってる。そうしたら、きっともっと名前さんは素敵な人になる。だって、名前さんが素敵だと言ってくれた色なんだもの。
 だから、私は名前さんのご飯に私の血をほんの少しだけ混ぜてあげる。本当は、私の中のものを全て名前さんに入れてあげたいけれど、それはほんの少しだけ我慢する。名前さんと向かい合ってご飯を食べる度、名前さんが私が入ったご飯を飲み込む度、名前さんに私が蓄積されて、徐々に桃色に染まって行く筈だから。
 ごくりと上下に動く名前さんの喉仏に、つい嬉しくなって思わず笑いを零すと、海老の天麩羅を箸の先に引っ掛けたまま、名前さんが不思議そうに首をかしげる。


「蜜璃ちゃん、何だか嬉しそうだね。何か良い事でもあったの?」
「ふふっ...内緒です!」
「えぇ〜気になるなぁ」


 私の大好きな目を細めて笑う笑みを浮かべた名前さんに、まだこの事は言えない。だって、名前さんが私の色になった時、驚かせてあげたいじゃない!きっときっと、名前さんは喜んでくれる筈だから。だから今はまだ、内緒なんですよ。